物語No.94『愛六』
皆が私を愛している。
私がこの教室で一番輝いている。
生まれた瞬間、世界が私に聞いてきた。
どうなりたいか。
私は世界一の主人公になりたい。
世界でさえも、私の味方をした。
私の容姿は世界一。誰よりも可愛存在だった。
小学校でも中学校でも、私は一番輝いていた。
皆が私を見てる。男子も女子も、皆が私の虜になった。
高校に上がり、依然私の人気は顕在だった。
でも、突如暗雲が立ち込めた。
私の人気を越える存在が現れた。
「愛六、久しぶりに三世と三人であの場所に行ってみない?」
琉球。
彼は突如として学園での人気を高め始めていた。
私はそれが気にくわなかった。
最初は気にならなかった。
私は自分の人気さえ守れればそれだけで良かったから。
だがいつからか、私は琉球と三世に嫌悪感を抱いていた。
あれは、いつからだろう。
とにかく私は殺意的な衝動に背中を押され、いつしか私ともう一人の私を生み出していた。
それが魔女だった。
魔女は私の願いを何でも叶えてくれる。
私以外に人気者はいらないのよ。
だからお願い。
あんたなんかいなくなればいいんだ。
私は琉球と三世の存在を消そうとした。
だからあの日ーー修学旅行の日、湖の上を走っていた船の上から琉球を突き落とした。
私の右手が、琉球を湖に突き落とした。
私は一目散に逃げ、物陰に隠れた。誰かが彼を救ってくれると、そう信じて。
だが誰も彼を助けにはいかない。誰も彼が湖に落ちたのを見ていないのだろう。
助けに行こうとした。だが魔女が現れ、私を止める。
「あなたは彼に死んでほしいと願ったのではないですか」
「……分からないよ、そんなこと」
自分の本音は到底理解できない。
それほど歪み、ねじ曲がっている。
「でも、もう少しだけ考えたい。あいつを殺すべきかどうかを」
「分かったわ。でも、一つだけ条件がある」
そして私は湖に飛び込んだ。
あの日、私は彼と三世を異世界へ転移させた。
それが今に至り、結局殺すべきかどうか答えは出なかった。
だけど、殺して初めて気付いた。私は間違っていたのだと。
だって三世がいなくなることがこんなにも悲しいから。
心臓を貫かれ、それでも三世は私に悪辣な言葉は吐かなかった。彼は私の目を真っ直ぐ見て言うんだ。
「僕は誰がどう見ても主人公だろ。愛六だって、誰かを護れるような主人公になりたかったんだろ」
優しく、彼は言った。
泣きわめく子どもを慰めるように。
「思春期は不安定だ。いつだって心は不安定に、僕らの邪魔をする。時が経ち、誰だっていつか大人になる。僕も、琉球も、愛六もだ」
血を吐きながら、三世は続ける。
「それまで失敗を重ねて、後悔して、それでも前を向いて歩き出す。愛六、今の君は悪役だよ」
その後、三世はすぐに強く否定した。
「でも、まだ戻れるんだよ」
「……戻る?」
「今日、多くの命が奪われた。それだけ魔女が与えた被害は大きかった。そこから目を逸らさず、受け止めて、償っていこう。そうやって前を歩くんだ。
ひどい目に遭うだろう。魔女がしてきた分の痛みは必ず跳ね返ってくる。でも、君ならそれを乗り越えられる。君の強さを僕はよく知っているから」
今思えば、彼はずっと私の側にいた。
話もせず、ただ黙々としていた。だけど彼は私を見ていた。
「痛みを越えて、人々にしただけの罪を優しさとして振る舞う。それを続ければきっと、君は主人公にだって戻れるから」
体温が消えていく。
手が冷たく感じる。
「誰だってやり直せる。だから君も……きっと誰もが羨む主人公に……」
彼から体温が完全に消えた。
私の腕の中で眠る彼を見て、私に残ったのは途方もない虚無感だった。
同時に、涙が流れた。
止まらぬ涙が私の心を埋め尽くした。