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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『魔女の憂鬱』編
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物語No.9『冒険の日』

 ダンジョン領域。

 無限に広がる広大な領域、そこは無数のモンスターが絶えず生まれ落ちる不確定な領域。

 ダンジョン領域には無数のダンジョンがある。容姿形は様々で、これまで発見されているものは塔、草原、家屋、湖、隔離領域、森林、遺跡など幅広い。


 ギルドは千里眼を行使できるアイテムを使用し、ダンジョン領域の奥を覗いた。

 だが、ダンジョン領域の奥を覗いた者は、吐いたという。

 奥に何があったのかは分からない。だがその者は呼吸を荒くしながらも、こう遺言を遺して亡くなった。


 ーーダンジョン領域に踏み入るな。奥には、到底太刀打ちできない怪物が何体も……


 事実、ダンジョン領域で多くの死者が出ている。だがダンジョン領域から得られるものも多く、ギルドは今もダンジョン領域に冒険者を送り、奥へ進もうとしている。

 ダンジョンを進めば進むほど、モンスターの強さは上がっていく。まるで奥への侵入を拒むかのように。

 熟練の冒険者や巨大な魔法を持つ者でさえも、死を迎えることは珍しくない。


 ダンジョン領域はそういう場所だ。


 巨大な石壁で蓋をしているとしても、いつ壊されてもおかしくない。

 ダンジョン領域が本気を出せば、ギルド街は灰塵に埋もれてしまう。

 だが未だ、その時は来ない。


 ダンジョン領域は常に冒険者を待っている。


 ダンジョンは恐ろしい。

 恐怖の集合体ともいえるダンジョンへ、四人の影が近づいていた。


「エーテル、凛、零、これからダンジョン領域へ入る。良いな?」


 広大なダンジョン領域に蓋をするように建っている巨大な石壁の前で、暦は三人へ問いかける。


「「「はい」」」


 三人は震える手で武器を握り締め、恐怖を打ち払うように大声で返事をする。

 暦は手に構える赤い槍の状態を確かめるように握り直す。


「覚えておけ。ここから先は、一息の油断が死に繋がる。死にたくなければ全力でボクについてこい」


 大門の前に立つ全身重武装の門番は、構えていた槍を地面に音を立てて二度叩きつける。

 それを合図に、鉄が擦れ合う音が響き始め、鉄門は徐々に開いていく。


「ド迫力だな」


「ここには転移装置はないんですか?」


「もしモンスターにそんなのが奪われたら終わりだ。モンスターの中には知恵を持つ個体も多くいる。モンスターだからといって侮っては、すぐに死ぬ。特にエーテル、現実はお伽噺のように上手くはいかない」


「……はい」


 目に小さな輝きを見せていた三世は、その目をそっと曇らせた。

 お伽噺じゃない、分かっていても、自分がモンスターを次々と倒していく妄想を思い浮かべてしまう。

 こればかりは自分の意思とは関係なく、自然と抱いてしまう。


 扉は開ききった。

 暦ら四人はダンジョン領域へ歩き出す。


 広がっていたのは、所々に生い茂る草木とむき出しの大地。先には森や山、家屋や湖などが見える。

 お伽噺で登場するような異形の魔物が周辺をうろうろしている。


「ダンジョン領域は奥へ進むほどモンスターは強くなり、頻度も跳ね上がる。相対的に、ダンジョン領域序盤では弱小モンスターばかりが出現する」


「あれが……弱小ですか」


 数体のモンスターが暦らへ注目している。

 その内の一体、蛇の姿をした魔物ーースロウスネークーーに目をつけた。


「覚えておけ。モンスターには星一から星十まで階級がつけられている。星が多ければ多いほど強さも上がる」


「ではあのモンスターは?」


「星一上位のモンスター、スロウスネーク。奴の動きは赤子のハイハイ並みに遅いが、噛まれれば噛まれた相手も動きが鈍くなる」


 蛇はこちらを睨み、舌をぴゅるると出してはしまい、出してはしまっている。


「敵は戦闘態勢に入った。三人であの魔物を討伐しろ」


「え!?」

「いきなり……」

「本気ですか?」


「スロウスネーク戦はよほど油断しない限り噛まれることはない。あの程度の魔物に苦戦するようでは、君たちを選んだ意味がない」


 暦は三人へ戦うよう促す。

 三世と愛六が脅える中、琉球は刀を爪が食い込むほど強く握り締め、二人をかばうように三歩前に出る。


「俺が倒します」


 琉球とスロウスネークは向かい合う。

 互いの息づかいが聞こえるほどの距離だ。

 先に仕掛けたのはスロウスネーク。ハイハイペースで琉球へ飛びかかる。空中を舞う時でさえ、スロウスネークは遅すぎる。

 故に、スロウスネークが飛んでいる隙を狙い、琉球は側面へと回り込み、胴体を真っ二つに切り裂く一撃を振るう。

 スロウスネークの上半身は赤い血を噴き出しながらしばらくピクピクと動いた後、眠るように絶命した。


「どうですか、暦さん」


「素人だな。攻撃時、目を瞑っていたな。それでは攻撃が当たっていなければ第二の行動が一歩遅れるだけだ」


「分かりました」


「それと三世と愛六、ボクは三人で強くなってもらいたいんだ。琉球、二人を庇うつもりならやめた方が良い。庇うだけでは、ダンジョン領域の先へは進めない」


 暦が説教をしている間にも、十匹のスロウスネークが仇討ちとばかりに牙をむき出しにし、琉球へ迫っていた。

 飛びかかる一体を刀で薙ぎ払い、腹に風穴を空ける。

 だが琉球の背後から音もなく迫っていたスロウスネークは、無防備な右足に噛みついた。

 防具のない右足はスロウスネークに簡単に噛まれ、薙ぎ払おうにも動きが遅延化していることによってそれさえも妨げられる。


 残り八体のスロウスネークは一斉に琉球へ飛びかかる。

 回避方法はない。



 ーー一人ならば。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおお」


 吠える。

 男は吠え、スロウスネークの群れに向かって剣を振り回す。

 当てることよりも振り回すことに重きを置いた無謀な攻撃。だがそれは三匹のスロウスネークに身動き不能な致命傷を与えた。


「三世っ!」


「ここで君に死なれたら、僕は明日を生きていく自信がない。君がいたから、僕は今日を生きている」


 三世の手は震えている。

 それでも剣を握り締め、スロウスネークの群れの中で立っている。


「私も覚悟を決めなきゃね」


 スロウスネークは第二の敵に困惑していた。

 動きも乱れ、仇討ちのための無意識な連携は崩れている。


「やああああああああああああ」


 第三の敵が致命傷のスロウスネークに次々ととどめを刺す。


「琉球、約束したでしょ。あんたは私を護るんだって。だったらこんなところで死なれたら困るよ」


 愛六は槍を構え、三世らの側に立つ。

 三人はお互いの背中を預け合い、円を組んでいる。


「生きるよ」

「うん」

「もちろんでしょ」


 三人は残りのスロウスネークを次々と蹴散らしていく。

 琉球と三世が致命傷を与え、愛六がとどめを刺す。

 会話をせずとも息の合ったコンビネーションにスロウスネークは翻弄されている。


 暦は三人の戦いに見とれていた。


(これが英雄候補者のコンビネーション。三人いなければ死にかけていたところを、三人でなら簡単に切り抜けられる)


 星一上位の階級に指定されたモンスターは駆け出しの一人(ソロ)でも十分倒せる相手だ。

 だが相手が複数となれば話は別。

 しかし琉球、三世、愛六は窮地を切り抜けようとしている。


(期待しているよ三人とも。これから誰かが欠けるその時まで、君たちは三人でできるだけ強くなれ)


 暦はダンジョン領域の恐ろしさを知っている。

 ダンジョン領域で何度も友を失ったからこそ分かる。

 三人で生き残ることはできない。だが今回だけは、淡い希望を抱いていた。

 彼らなら、三人で生き残ることも可能なのではないか、と。


 自分でも笑ってしまう考えに、暦は口角を上げていた。


(期待するのはやめよう。今、ボクにできるのは彼らを見守ることだけだ)


 彼らの成長にどれだけ貢献できるか。

 暦は未来を想像し、途中でやめた。


(未来など考えなくて良い。今はただ、今の彼らを見ていよう)


 きっと、きっと、きっと。

 暦は未来へ思いを馳せる。


 三人で生きようと抗う三人へ、心のエールをかけながら。

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