プロローグ 日常の終わり。
当たり前の日常は美しい。
朝、目が覚めた時の小鳥の囀りや近所の人への何気ない挨拶、
学校に行けば友人と何気ない会話を楽しみ、
家族のとの温かい食事が待っている。
他の人にとってそれはただの日常でも、改めて考えるとこんなにも美しいものはあるまい。
しかし今、この自論は己の中で崩れ去ろうとしている。
教室に残され一日の日誌を書く俺は日直の当番だ。
そのせいで教室には自分以外誰一人としていない。
そして、今日は17回目の誕生日だ。
本来なら友人達に祝福され、華やかに一日を過ごした後に今日も美しい一日だったと澄ました顔でキメてから眠りにつくのだろう。
だが、放課後に祝福で騒ぎ立ててくれる友人は誰一人としていなかった。
「…さみしいなぁ」
独り言が漏れるが、誰もいない教室はよく響く。
反響音が自論を揺さぶりガラガラと音を立てた。
すると、そんな声を聞きつけたか一人の少女が教室に顔を出した。
「誠、日直はもう終わったの?」
…そうだった。俺にはコイツがいたんだった。
「もう終わるよ。」
日誌を教卓に置き、黒板の戸田という文字を書き換える。
日付も書き換えようとしたときに、少女は
「結局誰にも祝ってもらえなかったんだ。」
とニマニマとしながら煽ってきた。
…もしかして
「聞こえてた?」
「うん。人いないし。」
「そっか…」
廊下にも響くとは、今日はよっぽど人がいないらしい。
またもや己の自論がガラガラと音を立てる。
しかし、やられたままではいられない。
今にも砕けそうな俺は目の前の少女にささやかなる反撃を試みる。
「…そういう明里さんはこんな時間まで何をしてるんでせう…?」
すると少女はキョトンとした顔で
「一緒に帰るって言ったじゃん。待ってるの。」
…幼馴染の優しさが心に沁みるッ!
一瞬でも反撃しなければと考えたことが愚かだったのだ。
こんな時間まで甲斐甲斐しく帰りを待ってくれる幼馴染には感謝してもしきれない。
ほろほろと涙が出そうなところで、ちょうど明日の日付を書き終えた。
「帰ろっか。」
見慣れた少女がそう言うので
「そうだな」
と返して、荷物を背負って教室を後にした。
帰路の最中、俺は見慣れた少女に違和感があることに気がついた。
「髪切った?」
昨日までボブだった少女にそう尋ねると
「うん。」
と短い返事が返ってきた。
まだショートヘアに慣れていないようで、毛先をくるくると弄っている。
…ショートだとぅ…わかっているじゃないか!
内に秘めたショート狂いを必死に抑えつつ、幼馴染に事実を伝える。
「似合っているよ。」
「やめてよ、恥ずかしいから。」
茶化されていると思ったのか、軽くあしらわれてしまった。
「いやまて、本当に似合っているんだ。
深い茶色の髪にショートヘア、スポーティなシルエットが相まって奇跡的なハーモニーがだな。」
…しまった。二年間も巧妙に隠してきた己の内に潜むショート狂いが…!
自分でも少し気持ち悪く思うことに反省を覚える。
すると彼女は少しそっぽを向き
「…ショートバカ。」
と言い放った。
「…ショートバカ、だと?」
…どうやらこの茶髪の少女には、ショートヘアの素晴らしさ、存在意義などetc
すべてを叩き込まなければならないようだ…!
…さて一体どこから真理について説いていこうか…
しかし残念、いつの間にかいつもの交差点が見えてきた。
いつもそこの交差点で茶髪の幼馴染とは別れて家は帰ることにしている。
「それじゃ、また後でね。」
「…ああ、また後で。」
そういうと少女は交差点から踵を返して歩いて行った。
俺は今度こそ一人になったことを寂しく思いつつ
「また後で…か。」
さっきの言葉を思い出す。
ショートヘアの幼馴染とは家族絡みの付き合いで、昔から互いの誕生日は一緒に祝うと決まっているのだ。
そんな当たり前に心の中で感謝をしていたら、信号は青になって渡れるようになっていた。
…帰ったら親と明里が祝ってくれる。
そう思うと、少し足取りが軽くなる。
その時だった。
キイッと、ブレーキ音が鳴る。
あまりにも突然のことで、咄嗟に身構えてしまうがそれがまずかった。
ドゴンッと、車体が強張った体に衝突する。
次に気が付いた時は、サイレンの音が鳴り響いていた。
どうやらデカめの車に轢かれたらしい。
トラックか?それとも…
視界がぼやけていてどんな車かはわからなかった。
…痛い。
全身が鞭打ちになったのか全然動けない。
最初のうちは強い痛みが断続的に襲ってきたが、だんだんその痛みはわからなくなっていった。
救急隊員と思しき人の言っていることもわからない。
名前がどうとか、家族がどうとか聞いてくるが今の俺に応える余裕はない。
ただひとつだけ、こんな状態でもわかることがあった。
俺は、死ぬんだ。
走馬灯のようなものが慌てて頭の中を駆け巡るがもう遅い。
また意識が朦朧とし始める。
薄れてゆく意識の中で、最後に考えたのは明里のことだった。
…ショートヘア、本当に似合っていたな。
そこで、俺の人生は終わりを迎えてしまった。
初投稿なので色々と至らない部分があるかと思います。
ご容赦ください。