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カナン・サガ2~孤高の島~  作者: 藤田 暁己
第7章 新たな出発(たびだち)
28/29

7-5

 


 妖魔を退治したディーンとレイ、シェスの三人は、九曜の魔力によって駆けつけたギガースとソロモンを加えて、オファリスの街の散策に――すんなりと戻れるはずもなく。

 遅れて駆けつけたリューン警察と一揉めした結果、折衝せっしょうのため、シェスが一人その場に残ることとなった。


「もう騒ぎは起こすなよ」


 念を押すのはディーンではなく、兄役のソロモンと、監視に適任な妖魔と妖魔狩人ハンターの三名へである。彼らがいれば、ディーンも無茶はすまいと踏んでのことだ。

 全く信用のないディーンはふてくされたが、事実なのでぐうの音も出ない。さらに彼は、レオノイスで長年愛用していた大刀を失くした――正確にはギデオンの下半身ごと置き去りにした――ことがソロモンにばれ、大目玉をくらってしまう。ノアの眼識通り、あの剣はかなりの一品だったようだ。

 おかげでディーンは、すべての功績が形無しになるほどけなされたが、それ以外は何事もないおだやかな祭りの午後となる。


 すでに辺りは朱金の黄昏に浸り、山車だしたちが燈明を灯して、行列パレードの開始を待っていた。

 それを横目に見つつ、一行は東国曲技団の天幕テントへ立ち寄る。ウー姉妹の様子を見るためだ。

 救出からまだ二日しか経っていないが、思いの他メイリンは元気で、早くも今日から舞台に復帰するという。当然ながら大歓待を受けた一行は、勧められるまま、九曜念願の曲技団の舞台を最前席で鑑賞することとなった。


 彼らが総督府に帰り着いたのは、日も暮れきった夜に入ってからだった。仮装行列パレードはまだはじまったばかりだが、一通り見たので、さすがにディーンも満足したらしい。

 妖魔の出没のせいで白鳩城ペリステラ内は祭りどころではなかったようだが、ディーンたちの関知するところではないので、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。九曜曰く、


《あれだけ大掛かりな魔法陣仕込まれてたのに、影響ないはずないでしょ。また起こるんじゃない?》


とのことだ。早々にリューンを立ち去ったほうが賢明といえる。


 客室に戻ったディーンは、ソロモンから代用として渡された大刀を窓辺に置き、その脇に片肘をついて外を眺めた。闇色を深める空には早くも星々が輝き、街だけが昼の明るさを留めていた。

 無数の蝋燭を掲げた山車だしがひとつの巨大な炎と映え、それが集まって光の川のごとく街を流れていく。

 間近で見る祭りの熱狂も心動かされるが、こうして遠くから眺める光景は美しく幻想的で、どこか切ない。それは、いずれ鎮まる熱狂を予感しているからなのかもしれない。

 どこか虚ろに夜景を眺める彼の元に、友人の青年が訪れる。


「決めたか?」

「……いや」

「ギガースのことは了承済みだ。ただしカルディアロスに到着次第、我々とは一切無関係ということになるが」


 この世界における原罪者の宿命ともいえる事実に、ディーンは寂しげに頷いた。


「そうか。仕方ないかもな」


 ソロモンが、手にした紙の束を傍の机に置く。


「これに署名すれば、国に帰る必要はない。おまえの好きにしろ」

「分かった」

「ゆっくり寝て、考えるといい」


 ディーンは少し笑って頷いた。その笑顔は、だがあまりにも翳っていた。

 ソロモンは何事かを言いかけ、そのまま黙って戸口へ向かう。


「――なあ、サリ」


 義兄弟の契りを交わした友の背へ、呟くようにディーンが呼びかけた。


「俺……少しでもエレンの力になれたのかな……?」


 ソロモンが無言で振り向く。


「あんなに近くにいたのに、俺、本当の彼女をちっとも分かってなかった。何を望んでいたのか……苦しんでいたのかさえも」

「どんなに長く付き合っても愛し合っても、本当に相手のことを理解するなんて幻想だ。親子でも夫婦でも、ただ理解できている気になってるだけで、真実なんて分かりはしない。そうであると、一人勝手に想うだけだ」


 ソロモンは自嘲するように、かすかな笑みを洩らした。


「以前、叔父貴に言われたことがある。人間は皆、ひとりひとり小さな島のようなものだと。どんなに深いところで繋がっていようと、海が満ちればたちまち孤立する。大地の繋がりすら忘れて、孤独だと嘆くのさ。そしてあっちの方が広い、こっちの方がきれい……そうやって比べて文句を言うのだと」

「……島、か」

「そう。だから自分の島からは、絶対に相手の島の全部は見えない。どんなに一生懸命に目を凝らしても、見せられている側しか見えないのさ。それが俺たちの限界なんだよ。あとは、ただ推測して思いを巡らせる――それだけだ」

「……だけど、さ。橋は架けられるかもしれない。だろ?」


 はっとソロモンが顔を上げる。


「それにさ、島だって動くんだぜ? そしたらいつか、相手の島に辿り着けるかもしれないじゃないか」

「ディーン、おまえ……」


 言いかけ、ソロモンはこちらを見ようとしない年下の友人を見つめた。

 幼い頃から背を覆っていた豊かな黒髪は、もう舞を舞うために結い上げることの出来ない長さに切り揃えられている。

 幾度か口を開き、出てきたのは、これまでの会話とは全く別の、胸のうちに燻っていた問いだった。


「聞いたぞ、半年前の事件のことを。あれが、おまえのやさしさか? 相手に何も言わないでいることが……?」


 ディーンは答えなかった。


「そんなにまで、おまえはあの帝都人アイテリアルが大切なのか?」


 再度の問いかけにも、答える声は返らなかった。その表情もまた、陰になって窺い知ることは出来なかった。

 ソロモンはそれ以上尋ねようとはせず、立ち去りかけ、もう一度扉の前で振り返った。


「ひとつだけ聞かせてくれ。エレンを……愛していたか?」


 底知れぬ翳を孕んだ濃紫のひとみが、彼を見る。


「――彼女は、ジュリアに似ていた」


 ソロモンは、うつむいて唇を噛んだ。


「悪かった」

「サリ。俺は――」

「いいんだ。すまん、忘れてくれ。……もう寝るよ。お休み」

「お休み」


 友の背中を見送りながら、ディーンはなぜか凍りついたように立ち竦んでいた。その姿が完全に扉の向こうに消えても、なお彼はその場から動こうとはしなかった。


   *


 ゆったりとした肌触りの良い室内衣ガウンに着替え、レイはとばりを下ろそうと窓辺に立った。

 赤や黄色に色を染め変えた中庭の木々の合間から、祭り行列パレードの燈明が淡く見え隠れする。

 さすがに興奮も冷め、疲れが出たのかレイは小さく欠伸をひとつして、分厚い布地に手をかけた。

 と。ふいに、窓辺の木々がさざめいた。

 はっとレイが眼を凝らすと、背の高いパムの木の枝の間で、何者かの影が動いている。


――曲者くせもの?!


 窓を開け、レイが身構えた瞬間、ざざ、と枝を伝い、それは露台バルコニーの手摺りに飛び移った。


「――よお」

「ディーン……」


 驚きよりも呆れて、レイはしばらく無言で少年を仰いだ。

 部屋の窓から突き出した狭い露台バルコニーの手摺りに座り、ディーンが困ったように首を傾げる。


「レイファス?」

「あ……ああ。中に入るか?」

「やめとくよ。まだシェスに殺されたくはないからな」

「そうか?」


 言葉の意図に気付かないレイは、怪訝な顔をして露台バルコニーへ出てきた。

 思いのほか冷たい夜気が脇を擦り抜ける。

 室内衣ガウン姿のレイは、思わず身を竦ませた。


「そんな格好のまま外へ出るやつがあるか、馬鹿」


 言いながら、ディーンが自分の上着を脱いで肩に着せかける。

 彼女の上半身ごと上着でくるみ、ふと胸元に目を止めた。そこに掛かる様々な玉を連ねた首環ネックレスに、濃い色の瞳が笑う。


「服を着てる時には気付かなかったけど、つけていてくれたんだな」

「ああ、一応な。皮紐が切れたから、鎖に変えたんだ」


 レイは、アルビオンでの別れ際、ディーンがくれたそれを指に絡めた。彼の横の手摺りに肘を付いてもたれると、上着の襟を少し引き寄せる。


「カルディアロスへはいつ帰るんだ?」

「さあ? 帰るかどうかも分かんねぇからな」

「分からない? それはどういうことだ?」

「そのまんまさ」


 どこか投げやりに、ディーンは答えた。

 レイは黙った。答えたくない時に、彼は時折こうして相手の質問を封じ込めようとする。

 半年前の旅でそれが分かってきたレイは、束の間考え、質問を変えた。


「おまえ……殺人容疑で指名手配中というのは、嘘じゃなかったんだな?」


 ちょっと驚いた顔をしたディーンは、手摺りから飛び降り、後ろ向きにレイの横に立った。


「そう。がっかりしたか?」

「おまえが悪人だとは思わないと言っただろう」

「じゃあ――もし、本当にエレンを殺したと言ったら?」


 ディーンが何かを探るように、レイを覗き込む。底知れぬ昏さを纏う濃紫の瞳を、藍色の瞳が戸惑いつつも見つめ返した。


「それは……」

「それは?」

「女性に手をかけてどうするんだ、この大馬鹿者が! 今すぐ帰って、墓の前に両手をついて謝って来い!! ――と、もしそうだったらこう言うな」


 すばらしい大声で怒鳴り、レイはにっこりと微笑んだ。


「まあ、その場合肋骨の二、三本は覚悟してもらうことになるが」


 顔形も無事ではないだろうな、と朗らかに付け加える少女に、ディーンの目が大円になる。


「そうなりたくなかったら、今後は過激な行動に出るのは控えるんだな。どうしてもしたい時にはわたしに言え。その時は――」


 藍色の瞳が、悪戯っぽく彼を見た。


「わたしも一緒にやってやる」

「――」


 ディーンは何ともいえない顔になると、ぷっと吹き出した。

 声を殺しての忍び笑いは次第に大きくなり、しまいには腹を抱えての大爆笑となる。


「うんうん。おまえってやっぱ最高」

「笑うな! わたしは真面目に答えたんだぞ!」

「あはははははは」


 声をあげて笑ったディーンは、ここが総督府であることを思い出し、慌てて口に蓋をした。それでも笑いは収まらない。

 レイが憮然とする中、ディーンは散々笑い倒し、目尻の笑い涙を拭った。手摺りにもたれ、余韻の残る笑顔で彼女を見上げる。


「本当に最高だよ、おまえは」

「何がだ?」

「そう怒るなって。……愛してるよ」

「な……っ!」


 真っ赤になったレイは、半年前の〝前科〟を思い出して、彼の胸倉何とも(むなぐら)を掴み上げた。


「またおまえは、そんな冗談ばかり言って!」

「本当。本気だって。愛してる」

「この口先軽薄男くちさきけいはくおとこが!!」

「……どーゆー言われ方だ」

「おまえの言葉には真実味がない!」

「わはははは」


 レイが言い散らすありとあらゆる罵詈雑言を、ディーンは実に愉しそうに受け流す。

 悪口の在庫が底を尽きてきた頃、やがて彼は、再び露台バルコニーの手摺りに飛び上がった。片手でパムの枝を掴むと、一瞬無言で少女を見つめる。


「じゃあ……また、な」


 そう告げると、ディーンは引き止める間もなく、するりと木立の中へ身を滑らせた。

 こずえを揺らす音が闇夜に響き、すぐに遠ざかって消える。


「……一体何をしに来たんだ、あいつは」


 レイは呟く。冬を思わせる冷たい風にかすかに身を震わせると、彼の匂いの残る上着でしっかりと身体を包み直した。

 遠くに見えていた淡い炎が、ひとつふたつと闇に溶けていく。

 祭り行列パレードも、もう終わりだ。

 夜空に吸い込まれるひとひらの篝火を目の端にとどめ、レイは室内に戻った。


   *


 翌朝。

 着替えをするディーンの部屋に、法術師の目を盗んで白い妖魔がやってきた。仔猫のままで窓辺に座る。


「おはよ。もう起きてたの?」

「おう。おまえも早いな」


 いつもの口調で、ディーンが笑いかける。

 九曜は、襯衣シャツボタンを止める名付け親を眺めながら、ため息と共に尋ねた。


「ね、()()で済ませちゃっていいの? たぶんレイは分かってないと思うけど?」


 どうやら昨夜のやりとりは筒抜けのようだ。


「いいんだよ、あれで」

「いいの?!」


 素っ気ない答えに、仔猫は大げさに顔をしかめる。


「うん。この先どうなるか分からないけど、とりあえずはらが決まってすっきりしたよ」

「それならいいけど……」


 九曜は納得しきれない表情ながら、そう呟いた。

 そこへ、身支度を済ませたソロモンが部屋に入ってきた。


「ディーン。支度は済んだか?」

「だいたいは。おまえは?」

「俺の準備はとっくに済んでいる」


 ソロモンは、最初に来た時と同じ武人の出で立ちをしていた。窓辺の仔猫に気が付いて、


「これは九曜殿。おはようございます」

「おはよ。もう行くの?」

「ええ――」


 頷きかけ、ソロモンは黒髪の友人を見た。ディーンが無言で、昨日渡された書類の束を机に放り出す。

 そこにある署名に目を走らせ、ソロモンの顔がはっと緊張した。


「これは……」

「どうせ帰っても、手続きがうっとうしいだけだからな。おまえの仕事を減らしてやった」

「じゃあ、おまえ――」


 再び驚く友に、朝日を浴びて立つディーンが微笑む。その笑顔に、昨日までの翳りはなかった。彼は言った。


「帰るよ、カルディアロスへ」


   *


 白鳩城ペリステラの本殿の広い一階通路を歩きながら、大きな欠伸をひとつして、レイは慌てて辺りを見回した。

 早朝ではあるが、今日は意外なほど城内に人気がない。

 昨夜祭りに出たこととディーンの突然の来訪でなかなか寝付けなかったレイは、もう一度欠伸を噛み殺した。


――まったくあいつは……。


 振り回されてばかりの東国人の友人に胸中でぼやく。手にしているのは、昨日彼から借りた上着だ。その返却と腰の落ち着かない少年を今日は朝から見張ろうと、彼の泊まる東殿に向かうところだった。

 途中の廊下で、レイは見覚えのある衛兵と出会った。


「おはようございます、レイファシェール様」


 当の少年の見張り役である護衛官が、にこやかに挨拶をしてきた。


「おはよう。今日は気分が良さそうだな」

「はい。ようやく見張りを解放されまして、ほっとしております」

「解放? どういうことだ?」


 レイが怪訝な顔になる。


「ご存知でいらっしゃらないのですか?」

「何のことだ」

「つい先程、例の少年らと共にカルディアロスの使者たちがお帰りになるとの連絡が入りましたが」

「なに?!」


 レイは耳を疑った。護衛官は困惑した顔で、


「我々も急なことで驚きましたが、使者の方々の御帰還はすでに前から話がついていたようでして……」

「出発はいつだ?」

「連絡を受けた時には二時間後とのことでしたので、もうそろそろかと」

「天翔船か?」

「いえ。飛遠ひえんの術を用いると――」


 それを聞くや、レイは走り出した。手に持っていた上着を護衛官に投げる。


「預かれ!」


 大理石の広間を斜めに突っ切り、大神殿の琥珀の宮に向かう。


――あの馬鹿あの馬鹿あの馬鹿……!!


 走りながらレイは、胸の内で、黙って去ろうとする少年を罵倒し続けた。


『じゃあ、またな』


 昨日の夜、去る時に言った彼の台詞が脳裏に甦る。


「またな、なんて言う以外にもっと他に言い様があるだろう、馬鹿者!」


 ぎり、と唇を噛み締める。

 悔しくて腹立たしくて、レイの目にうっすらと涙の色が滲んだ。

 拳でそれを払い、レイは全力で中庭を突っ切った。


「一言文句を言ってやるまで、帰らせてたまるか!」


 真新しい落ち葉の積もる地面を蹴散らし、茂みを飛び越えて大神殿への近道を突き進む。

 大神殿・琥珀の宮の裏手にある巨大な円形広場では、法術を高めるための光石こうせきを嵌めた祭儀用の柱が立ち並び、魔法陣の描かれた中央の空間には、旅装を整えた人々が帰郷の瞬間を待っていた。


 魔法陣の外周には、白い法衣を着た二十余名の神官が取り囲み、長い呪文を唱和して法力を内部へと高めている。

 帰還を見送るためか、そこから少し離れて総督府の関係者と見られる役人の姿があり、ルークシェストもそこに顔を並べていた。

 息を乱したレイが駆けつけると同時に、法術の詠唱が完了する。光石が輝いて結界を形成し、魔法陣が淡く黄金の光を帯びてゆく。

 光に包まれる人々の中に、レイは目指す人物を見出した。


「ディーン!!」


 その叫びが聞こえたのかどうか、黒髪の少年はこちらににっこりと笑いかける。

 近付こうとするレイを、神官たちが止めた。


「お止め下さい。危険です!」

「――私に触るなっ!」


 意志が激しい法力となって、神官を弾き飛ばす。

 真っ白な火花を散らして倒れる神官を、仲間たちが抱き止めた。動揺する彼らを、ルークシェストが手を挙げて制止する。


「案ずるな。あの子なら……大丈夫だ」


 自らにも言い聞かせるように言う。

 集まり、濃縮された法力によって発動した魔法陣は、金色の輝きを強め、中に立つ者の姿をおぼろに変えつつあった。

 レイはすぐ傍に立ち、手を伸ばして光の柱に触れた。

 光が乱れ、ばちばちと網目状に弾ける。だが、下から上へと噴き上げる強いエネルギーの波は、外からの進入を頑強に阻んだ。


「ディーン――」


 呼びかける少女に、ディーンはかすかに笑い、光に包まれた内側からその手にそっと手のひらを合わせた。

 色を失ってゆく唇が、わずかに動く。しかし音声はもはや通じなかった。

 それでも聞こうとレイが近寄った、そのとき。

 ふいにディーンが、光の輪の中から上体を乗り出した。

 唇が触れ合ったか否か――。

 次の瞬間、ディーンは仲間と共に光の柱に呑み込まれ、遠い異国の地へと旅立っていた。

 音も光も人もなくなった飛遠の間に、朝の風が運んだ落ち葉が一片舞い込む。

 立ち竦むレイの背後に、背の高い人影が立った。


「レイファシェール」

「……兄上」


 レイは兄を仰いだ。ルークシェストが力強い手で、妹の肩を抱く。


「そんな顔をするな。生きているかぎり、いつかまた逢えよう」

「はい……」


 シェスは優しく頷き、やや態度を改めた。


「ところで――レイファシェール。あいつとは一体どういう関係なのだ?」

「え?」

「どこまで親しくなったのかと聞いているのだ」


 レイは戸惑った。少々けんのある兄の言い方に、少し考えて、唇に手を当てる。


「親しくといっても……あれはただの挨拶でしょう?」

「挨拶?」


 ルークシェストは思いきり眉間に皺を寄せた。

 怒ろうとして、妙なところで世間知らずな妹の様子に思い止まる。


「……レイファシェール。挨拶というものは、よほど親しくなければああいったことはせぬものだぞ」

「……え?」

「家族や夫婦……それに恋人など、な」


 兄の言わんとするところを完全に悟り、レイは思わず両手で口元を覆った。白い頬に、みるみる血の色が昇る。

 その様子を白鳩城ペリステラの北塔から眺めていたセイデンは、暫時ざんじ無言であったが、ややあって低い声でこう言った。


「――わしは狭量な男だな、ノア」


 傍らに立つノア・ライムスが、美しい瞳で主人を顧みる。


「は……?」

「共に暮らして四年しか経たぬというに――」


 セイデンは渋い面持ちのまま、外を見据え、吐き捨てるように続けた。


「儂はまだ、あの子を嫁になど出す気はないぞ。絶対にな……!!」

「……は」


 ノアは咄嗟に重々しい顔を作ったが、口元がほころぶ。

 二人の眼上の蒼天を、黒い影がひとつふたつと舞いかった。

 冬支度をはじめた鳥たちが、南へ向かおうとしているのだ。

 笑いを堪えながら、ノアは頷いた。


「はい――陛下」


 早くも、色づいた木々が葉を落としている。

 秋が、深まろうとしていた。





Canaan Saga 2 ~孤高の島~  終





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