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カナン・サガ2~孤高の島~  作者: 藤田 暁己
第1章 出逢いの糸
2/29

1-2

すみません、カッコの使い方と用語をちょっと見直し中です。修正途中のため、読みにくかったら申し訳ありません。

 


 リューン公国――古五王国のひとつであり、世界統一以前よりはるか昔から連綿と繁栄を続ける由緒正しい大国である。

 セントゲア大陸西部に位置するこの国は、他に類を見ない豊かな水脈と地脈に恵まれ、農耕と鉄鉱業の二柱を基礎として、常に統一世界(カナン)経済の先端にあった。

 また大公家は古くから皇室と縁続きにあり、その歴史は統一世界(カナン)でも一、二を誇った。

 かつて王国と称したこの国は世界統一の折、中域諸国の筆頭をとって帝都の傘下に入り、国王みずから王の座を返上して公国となったといわれる。この事実一つをとっても、帝都とのつながりの強さが分かろうというものだ。


 秋――茶の月の終わり。

 灰の月第一週に催される収穫祭を前に、国中が浮き足立っていた。

 祭りのかなめとなる首都オファリスは当然のこと、行き交う人々までも華やいで見える。

 黄色と白の旗がひらめく街並みを行くその人の流れの中で、一際目立つ者がいた。

 大きな男であった。

 身も丈もある体躯を簡素な上下で固め、外套をひるがえす姿は一見に値する。斜めに掛けるようにして一振りの大剣を背負うが、剣士のようには見えなかった。

 くせのない黒髪を首の後ろで束ね、赤銅色の肌には流線形の刺青が浮かびあがる。

 張り出した額の下の双眸は暗く光り、野獣のごとく鋭さを帯びていた。

 その恐ろしげな風貌ゆえか人々は皆一様に眼を逸らし、こそこそと彼を避けて通った。それは彼の身上を敏感に感じ取っているからかもしれない。


 彼は、火人かじん

 一般には原罪者と呼ばれる、古より神に罰を下された忌まわしき種族だった。その償いのため、彼はこうして南の果ての故郷を離れ、世界を旅して妖魔を狩り続けているのだ。

 妖魔と呼ばれる魔界の生物に、通常の武器は通用しない。したがって、神の祝福を受けたものや霊力を有した特別な武器が必要となる。

 妖魔の精気をかてとする生きた剣――魔剣を持ち、妖魔を狩る彼らを人々は畏怖をこめて、妖魔狩人(ハンター)と呼んだ。


 三年前から旅に出て、ムーア大陸を北上しセントゲア大陸の中央を旅してきた彼は、すでに数えきれないほどの妖魔や妖魅を退治してきている。

 背に担いだ魔剣は勿論、服や髪の毛にも妖魔らの放つ腐臭がこびりついているような気さえするほどだ。

 実は彼は清潔好きでそのような事実は決してないのだが、幾多の戦いをくぐり抜けてきた者の放つ冴えた空気に、誰もが恐怖の眼を向けて行き過ぎていく。

 慣れているのか、男は別段気にしたふうもなかった。


 大通りから少し入った路地を進み、男は一つの看板を見上げ、足を止めた。

 [蔦と煉瓦亭]。鋼鉄の飾り文字でそう綴られた宿屋は、名の通り赤茶けた煉瓦造りのどっしりとした構えで、いかにも年季がありそうだ。

 男が木の扉を開けると、からん、と鈴が鳴った。


「いらっしゃい」


 帳場の向こうから覗いた亭主の愛想笑いが、入ってきた男を見て消える。


「三晩ほど頼みたいのだが」

「申し訳ございません。只今満室でございまして……」


 ぎこちない笑顔で、亭主が答える。

 男の眼が、ちらりと亭主を見た。白目が青く浮立つほど、深い漆黒の瞳。

 目を向けられた途端、なぜか亭主の顔が強ばり脂汗が吹き出す。


「……そうか。残念だ」


 男はだが、抑揚のない低い声でそう言うと、[蔦と煉瓦亭]を出て行った。

 長剣を背負った後姿が戸口から消え、亭主の口から大きな息が洩れる。


――なんだ、あの眼……。こっちのはらの底まで見透かされるような気がしたぜ。


 何かを払い落とすように掌で額の汗をこすり、亭主はもう一度ため息を吐いた。


 [蔦と煉瓦亭]を後にした男は、その後続けて近くの二軒の宿屋を訪れたが、同じようにていよく追い払われる。収穫祭も間際で宿に空きが少ないのは当然だが、それでも大国リューンの首都でこれは尋常なことではない。

 こういった扱いには慣れているし、もっと手酷くあしらわれたことも少なくない彼だが、どうしても今晩はオファリスへ泊まりたいようだ。

 ち、と舌打ちが洩れる。

 宿の亭主たちが単に宿泊拒否をしているにすぎないことは分かっていた。しかし揉め事を嫌う彼は、あえて喧嘩腰になってまで泊まる気にはなれなかった。

 だが、リューンへの滞在は長くなりそうなため、絶対に宿は必要である。

 淡く紅い黄昏に染まる夕空を見上げ、男の眼が鋭く光った。


――厄介な……。


 そこに何を見たのか、男は表情を険しくすると、通りの外れにある小さな木造の宿へ足を向けた。

 色褪せた木の看板には、斑点のある蜥蜴とかげが酒瓶に巻きついている。男が[火蜥蜴亭(サラマンドラ)]の扉を開けると、威勢のいい声が飛んできた。


「酒かい、宿かい?」

「宿を頼む」

「はいよ。どちらさんで……」


 奥から出てきた五十がらみの亭主が、入ってきた男を見て言葉を切った。

 生粋のリューン人らしい亭主は、金色の無精ひげをたくわえた口元をへの字に曲げ、背の高い相手の褐色の額や左頬から喉元にかけて刻まれた刺青や、くたびれてはいるが清潔な衣類に包まれた巨体を、不躾ぶしつけなほどじろじろと眺める。


「あんたね、どこから来たんだか知らないけど、うちは言葉も通じない相手は泊めないことにしてんだよ。最近やたらと物騒でね」

「言葉なら分かる。あんたもさっき聞いただろう」

「おやそうかい。金はあるのかい?」

「ああ」


 答えて、男は懐の財布を見せた。妖魔退治で稼いだ金が、じゃら、と重い響きをたてる。

 それでも気に食わないのか、亭主は鼻を鳴らして腕組みをした。


「うちは小さいし、俺一人で切り回してるから何かと不便でね。他の客に聞いてみないことにゃ……」

「――うだうだぬかしてんじゃねーぞ、親父! 相部屋だったら俺は構わないぜ」


 艶のある低声で遮り、すらりとした人影が亭主の背後に立った。


「ま、そっちが構うっていうんなら、仕方ないけどな」


 軽口を叩き、その人物は、日に焼けた顔に人好きのする笑みを浮かべる。

 男の漆黒の眼が驚きに丸くなり、苦笑へと変わった。


「おまえか……セレスディーン」

「よお、ギガース。また逢っちまったな」


   *


「お客さん、知り合いだったら早く言ってくんなよ。こっちだってそれなりの対応ってもんがあるんだからさぁ」

「何言ってんだよ、親父。二部屋っきりしかないのにさも満室です、みたいな顔してたくせによ」

「満室なのは本当じゃねぇかよ。あんたのとこと俺のとこでさ」


 薄くなった頭をがしがしとかいて、[火蜥蜴亭(サラマンドラ)]の主人が笑う。

 無愛想で口は悪いが、どうやら他の店の者と同じというわけではないらしい。

 店の一階は居酒屋、二階が宿屋だ。ぎしぎしいう階段を上がり、亭主はギガースと呼ばれた男に中を案内した。


「便所と水場は下の裏手。うちは素泊まりのみで一泊四十オン。払いは後だ。何か聞きたいことはあるかい?」

「いや」

「そうかい。じゃ、あとは適当にやってくんな」


 亭主は愛想もなく言い残すと、奥の部屋に入っていった。

 その行く先を眺め、ギガースが訊くともなく呟く。


「――病人がいるのか」


 ディーン・グラティアスは、驚いた様子で大柄な男を振り向いたが、すぐに笑って、


「ああ。ここの奥さんが具合が悪いらしくてな。もう二年寝込んでるらしい」


 一年ぶりに再会した友人を部屋に手招いた。


「俺たちの部屋はこっちだ。まったく、またあんたと一緒とはな」

「そうだな」


 言葉少なく応じると、ギガースは長身を折り曲げ、部屋の戸をくぐる。

 窓を閉め切った室内は薄暗かったが、板張りの床は埃もなく、左右の壁に寄せられた二台の寝台ベッドも古いがきれいだった。

 右手にある窓際の寝台ベッドには、すでに先客の荷物が散乱している。


「こっちは俺たちが使ってるから、そっちでいいか?」

「ああ」

「大きさ、大丈夫かな?」


 寝台ベッドを眺め、ディーンが心配そうに鼻に皺を寄せた。

 その様子に、ギガースは以前出会った時のことを思い出す。

 あの時もさんざん宿を断られた挙句、ディーンと相部屋となったのだった。

 妖魔狩人の褐色の頬に、笑みが漂う。


「髪型を変えたのだな」

「まあな」


 少年は、くせのある短い黒髪をかきあげた。


「ちょっと前、立ち回りをしてる最中に焦げちまってよ……あはは。もう伸ばすのも面倒になって、このまんまだ」


 最初に出会った頃に比べ背が伸び、逞しくなっていることもあるのだろうが、派手に飾りたてていた装身具アクセサリーと腰を過ぎる長髪がなくなったことで、彼は少し印象が違って見えた。


「どこか変わったような……」

「ん? 髪切ったからだろ。ばっさりいったからな」


 ディーンは陽気に言うと、窓を開け、寝台ベッドにどっかと腰を落ち着けた。

 長剣を背から下ろし、床の上で荷をほどくギガースを眺める。


「それにしてもマジで驚いたぜ。こんなところで逢うなんてな。――あ、俺アルビオンを縦断してきたんだぞ?」

「ほう」

「け~っ。もう少し驚いてもいいだろ。まあ、あれはほとんど俺の相棒のおかげだけどな」


 ディーンは懐にしまっていたポモナの実を取り出し、行儀悪くかじりはじめた。何気なくそちらに眼を向け、ギガースの顔色が変わる。

 フォ…ンと、壁に立てかけた剣が唸った。


「あれ? 挨拶してないから、炎華(ほのか)が怒ったかな」


 答えずギガースは、うす緑の果物を持つ少年の右手に険しい視線を注ぐ。


「ディーン、おまえそれは……」

「んあ?」


 問われて、自分の右手を見たディーンは、白い果肉を飲み込むとにやりとした。


「さすがは〝天眼てんがん〟。やっぱり気がついたか」

「一体何をした?」

「ちょっと訳ありでな。別に魔力が欲しかったわけじゃないぞ。気がついたらこうなっちまっててなー。俺もまいってんだよ。まあ、だいぶ慣れたけど」

「確かに他は生身のようだが……」


 ギガースが火人特有の能力で、ディーンの右腕に宿る妖気を注視する。

 ディーンは気にしたふうもなく、


「説明してもいいんだけど、相棒がいたほうが分かりやすいしな。部屋のこともあるし……」


 ぶつぶつと独りごちて、窓を顧みた。ちら、と下の道を覗いた彼の顔が笑顔になる。


「あ、戻ってきた」

「――ただいま」

「おう、お帰り」


 その声に、ふわりと白いものが窓辺へ舞い降りた。

 刹那。

 音ならぬ音が長く、鋭く、その場に響き渡った。

 見ると、子供の背丈ほどもある魔剣が激しく震え、赤く発光している。

 瞬時に、白い仔猫が毛を逆立ててそちらを向いた。虹色の眼が魔性の輝きを帯びる。

 慌ててディーンが間に入った。


「おいおい、ギガース待ってくれよ。こいつは俺の相棒だぜ。ぶったぎるなんて、なしにしてくれよ――九曜、おまえもだ!」

《それはあっちに言ってよ。こんなにけしかけられちゃ、身がもたない……っ!》


 青い火花を散らし、形態変化(メタモルフォーゼ)しかかるのを必死で押さえながら、九曜は怒鳴った。


「ギグッ!」

「――止めろ、炎華。主人は俺だ。〝荒炎すさのお〟を鎮めろ!!」


 ギガースが、光と熱を増してゆく魔剣に向かい、厳然と命じる。

 キ…ンと音を立て、魔剣は無念そうに震えを止めた。

 ほう、とディーンが息をつく。

 ギガースも冷や汗をぬぐい、青味を含んだ白い仔猫を見つめた。


「これがおまえの相棒、か」


 苦々しげに言い、少年の右腕を睨む。


「そして――それの本体、というわけだな」

「おたく誰? やけに無作法なお連れを持ってるみたいだけど」


 刺々しさもあらわに、仔猫が言った。ディーンは笑って寝台ベッドから飛び下りる。


「九曜、こいつはギガース。火人のおばばのところのやつだ。――ギガース、こっちは九曜。俺の旅の道連れで、相棒だ」


 少年の紹介に、九曜は多少機嫌を直した。火人の村へは以前立ち寄ったことがあり、年老いた女長・炎を渡る者とも顔見知りである。その印象は悪くない。

 仔猫は軽やかに床へ下り、足元から大きな男を見上げた。


「よろしく。……ふーん、あのおばばのお仲間かぁ。そういえば妖魔狩人(ハンター)だもんね」

「ばば様を見知っているようだな?」

「半年ほど前にちょっと世話にね。それにしても、おたく大きいねえ」


 ギガースは少し微笑んで、九曜の前にしゃがんだ。

 それでも床に座る仔猫の十倍はある。


「先程は失礼した。血の気の多い奴でな」

「別にいいよ。ただ単に、お互いの能力の大きさに反応したにすぎないから。ところで――〝彼女〟は紹介してくれないの?」


 問いかけると同時に、虹色の両眼が煌めいた。

 キュウ、と空間が軋み、魔剣の置かれた周りから、何かが絞り出されてくる。

 ギガースは眼を瞠った。

 普段人の目に触れることのないその存在は、天眼を持つ彼にしか視えないものだった。


《……乱暴だねぇ》


 かすれ声で艶っぽく言うそれは、人でも魔でもない。

 見事な均整をもつ黒檀の身体は、ぬばたまの黒髪で飾られているのみだ。

 妖艶な肢体を惜し気もなく見せる彼女は、ぽってりした唇を歪めた。


《女性はもう少し丁寧に扱うもんだよ》

「魔剣の精霊に男も女もないでしょ」


 九曜が冷たくあしらう。その後ろで、連れの少年が残念そうな声を上げた。


「え~っ。女じゃないのかよぉ。もぉったいねぇっ!」


 魔剣の精霊が嫣然えんぜんと微笑む。


《ありがとう、坊や。しばらく見ないうちにイイ男になったわねぇ。食べちゃいたいくらい》

「炎華!」


 ギガースが叱った。九曜は呆れ顔で、


「悪い趣味してるなあ。こんなの食べたらお腹壊すよ?」

《そぉねぇ。あたしも一応、御主人様(ダーリン)一筋なんだけどさぁ。たまには違ったのを味見してみるのもいいかと思って》

「うーん。違ったの、と言われるとフクザツだけど、おねーさんになら食べられちゃってもいいかも」


 のんびりとディーンが言う。空を漂う黒い女をしみじみ見上げ、


「ギガースから聞いてはいたけど、俺、あんたと会うの初めてなんだよな。思ってたよりか、綺麗だなあ」

《嬉しいこと言ってくれるわねぇ。だけど、坊や。会ったのは初めてじゃないのよ。あたしを見たのが初めてなんだから、間違えないで、ね?》

「こぉんな美人を一人で視てたなんて、ずるいよなー」


 ディーンが恨めしそうな視線をギガースに注ぐ。九曜が吹きだした。

 ギガースは額を押さえ、魔剣の精霊に命じた。


「炎華。いい加減、荒炎すさのおに戻れ」

《あらぁ、御主人様(ダーリン)。ひょっとしてやきもち?》

「炎華!」

《はいはい。――じゃあ、しばらくよろしく、ね》


 黒い精霊はにっこりして、仲直りのつもりか、青白い仔猫の頭へぽってりとした唇を押しつけると、小さな光となって魔剣に消えた。

 羨ましげなディーンの前で、九曜が凍りついている。

 ぞわわ、と長い毛をふるいたたせると、前足で顔の辺りをこする。


「なんだよ、もったいない」

「馬鹿言わないでよ。妖気を吸い取って生きてる化け物にキスされて、気持ち悪がらない妖魔なんているわけないでしょ!」


 憤然と九曜が言った。まだその感覚が残っているのか、しきりと顔を洗う。

 ディーンは、なだめるように仔猫の背中をぽんぽんと叩き、


「まあまあ。これから当分一緒なんだから、仲良くやっていこうぜ。――しばらくいるんだろ?」


 後半はギガースへ向かって訊いた。妖魔狩人の男が、不安を感じつつも頷く。

 九曜が怪訝そうに顔を上げた。


「一緒って……どういうこと?」

「ああ。ここにいる間、こいつらと相部屋することになったから」


 仔猫の眼が吊り上がる。


「どぉおしてそーゆーこと勝手に決めちゃうわけ?! 僕はどこに寝るのさ!」

「俺と一緒でいいだろーが。文句言うなよ。部屋数ないんだから」

「そぉゆう問題じゃないでしょーがっ!」

「まあまあ、落ち着いて」

「がーっ! だぁれのせいだと思ってるのぉっ?!」


 牙をむく仔猫に恐れをなしたか、ディーンは上着を掴んで戸口に逃げた。


「ちょっと俺、酒買ってくる。後、よろしくな」


 小声でギガースに頼むや、外へと飛び出す。


「ディーンッ!」


 九曜が窓から叫んだが、早くも少年の姿は人の波に消えていた。


「まったく……逃げ足だけは速いんだから」


 仔猫がぼやく。妖魔狩人の男は苦く笑い、濃い眉尻を下げた。


「すまん。どうやら邪魔をしてしまったようだな」

「いいんだよ、気にしないで。ああでも言わないとディーンがつけあがるから」


 まったくもう、と文句をこぼしながらも、九曜は寝台へ飛び移って毛づくろいをはじめた。その様子は、存在だけで魔剣を挑発した妖魔とは到底思えない。

 ギガースは、青白い毛並みに隠れた古い硬貨を下げた首飾りペンダントに眼を留めた。


「主従というわけでもないようだが、奴とはどういう理由わけで一緒にいるんだ?」

「――へえ。くんだ?」


 鋭く、虹色の魔性の瞳が、男を見返した。

 妖魔狩人を輩出する原罪者の一族である火人は、天眼てんがんと呼ばれる諸々の真理を見抜く能力を備え、それは能力というよりも妖魔のそれに近いとまで言われていた。


「高次者になると、妖魔のまことの名すら見抜くと言われる天眼。漆黒の魔剣を手にしているほどの妖魔狩人ハンターが、僕に説明を求めないでよ」

「俺は、ばば様のような巫女ではない。四六時中視るのは疲れる。それに――真実のみを話す妖魔を視たところで、話す内容とそれほど違いがあるとは思えん」

「あはは」


 仔猫の姿をした妖魔は、気分を害した風もなく、軽やかに笑った。


「確かにそうかも。僕の真実も見抜くかと、ちょっと期待したんだけどなあ」


 あらためて寝台ベッドに座り直す。


「そうだね……いろいろ話せば長いんだけど、僕の封印をディーンが解いてくれて、その時に大怪我をしたんだよね。で、分身はその右腕の代わり」


 毛繕いを済ませた長い尻尾をひとふりして、九曜が気軽に続ける。


「それで僕は記憶を失くしてて、そのまんまディーンにくっついてきちゃったわけ」

「だが、分身を与えるほどか?」

「うーん、なにせ素手で〝魔の鎖〟を引きちぎったからねぇ。よく無事だったよ、ほんと」


 ギガースはため息をついた。

 目にしたことはないが、魔の鎖と呼ばれる極細の糸は、煉獄の炎で鍛えられた特別なもので、触れたものを魂まで灼き尽くすという。

 それに捕らえられて無事だった九曜も九曜だが、素手で引きちぎったディーンは、すごい奴というよりはむしろ、単なる大馬鹿野郎である。


「なんて奴だ。前から変わっているとは思っていたが、これほどとは……」

「おたくも言うねえ。ディーンとはいつ知り合ったの?」

「昨年の夏だ。セントゲア南部の街で妖魔を狩ったときにな」

「ふぅーん。そのおたくがここにいるってことは――」


 言い差して九曜は、猫の顔に不思議な微笑を浮かべた。


「やっぱり気がついていたんだ?」

「まあな。どうも妖魔のたぐいとも言い切れんが――」


 ギガースは、すべてを見抜くと言われる黒い双眸を伏せた。


「調べてみる必要があるようだ」

「だろうね。まあ――僕も気をつけてみるよ」


 うん、と伸びをして立ち上がる仔猫に、ギガースが驚きの表情を向けた。


「それは……助かる」

「おたくのためじゃないよ。また、どこかの馬鹿が巻き込まれたら困るんでね」


 にやりとすると、音もなく窓から飛び降り、仔猫は夕暮れの街へと出て行く。

 それを見送ったギガースは、静かに笑い、わずかに残して窓を閉めた。




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