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二時間後、リューン上空に帰還した六芒聖軍の天翔船は、首都オファリスにある総督府の広い空挺場にゆるやかに降り立った。
まだ明けの鐘も鳴っていない時刻ながら、待ち構えていた帝都兵が船から投げられた係留綱を引き、固定させる。ついで降ろされた少女たちが、すみやかに馬車に乗せて運ばれた。
人数が人数だけに中央神殿・琥珀の宮の一部が開放され、そこで保護されるようだ。リューン国民でないものがほとんどのため、扱いは総督府に全権委任されるという。
帝都軍と中央捜査局の人間が入り混じり、総督府は一時騒然としていたが、昼の鐘が鳴る頃にはそれも収まり、厳格な帝都の分権所としての雰囲気が戻ってきた。
一方ディーンたちは、艇内で簡単に身形を整え、ノアと帝都兵に連れられて総督府の中枢・白鳩城に向かった。
リューンにおける帝都の玄関口といえる白鳩城の正門、帝都の白旗をずらりと掲げた通路を進み、絨毯の敷かれた階段を上って、彼らは謁見の間に通される。
帝都貴族とみえる男女が両脇に並び立ち、その先で落ち着いた佇まいの一組の夫婦が椅子に座る。反対側には若い金髪の青年と空席がひとつ。
両者を従えるように中央の壇上には黄金の椅子が置かれ、壮年の男が一人、腰を下ろしていた。
短い金髪を後ろへ撫でつけた形の良い頭には、高貴な身分を示す黄金の額環が嵌められ、重厚な金襴手の服と外套。一片の笑みすらない深い皺を刻んだ面は荒削りの彫刻のようで、右肘を肘掛けにつき、髭を生やした口元に拳を押しあてている。
男の手前の絨毯の上で、レイとノアが深々と膝を折り、左胸に右手を当てる。
後に続くディーンとギガースは戸惑い、形ばかりならって膝をついた。九曜は仔猫の姿でおとなしく座っている。
「ノア・ライムス、御命に従い、レイファシェール様ならびに事件解決の労を担いましたセレスディーン・グラティアス以下三名を連れ、只今レオノイスより帰還いたしました」
「うむ」
頬杖をついたまま頷く男に、ノアはもう一度頭を下げ、腰を屈めたまま滑るようにその男と青年との間に立った。ノアの言う主人とは、やはり彼のようだ。
叩頭したまま、続いてレイが口を開く。
「レイファシェール、只今帰還いたしました。我が君にはわざわざのお運び――」
「御託はよい」
壇上の男が、厳然とした声音で遮った。
うつむいていてもそれと分かるほど、レイの顔色が変わる。
男は、事件解決を喜ぶでも労わるでもなく、むしろ激しいまでの怒りをあらわにして告げた。
「そちの身勝手な行動で、総督や軍の諸氏にいかほどの気苦労をかけたと思うておるのか。我が子なれば大目に見ようほどに、そうでなければ即刻打ち首を申し付けるところじゃ!」
肘掛けを掴む左手が、わずかに震えている。
それは周りの兵や帝都貴族たちでさえ、はっと身構えるほどの厳しさを湛えていた。
「こたびの一件でおのれの未熟さを思い知ったであろう。愚か者めが!」
「も……申し訳もございませぬ」
「そちの処分については後ほど申し渡す。――もうよい、退れ」
「……は」
血の気の引いた顔からさらに色を失わせ、レイがもつれるように右手の空いた席に腰掛ける。
天翔船の中で休んだとはいえ、三日間の監禁と戦闘がもたらした疲労は易々と取れるものではない。やつれ、蒼ざめた顔で兄らしき青年の隣に座るレイは、誰が見ても病人だった。
そのうえの、公衆の面前での叱責。
後から神剣・輝破矢を探すため呪法の間へ赴いたディーンは、その現場の陰惨さを目の当たりにしただけに、一瞬これが実の父なのかと疑った。
それは、帝都貴族であるリューン総督夫妻にしても同じ想いだったのだろう。上座の左で腰掛ける夫妻が、こっそりと目を合わせ、眉をひそめた。
壇上の男が、豪奢な外套をひるがえして、ひざまずくディーンたちの前に降りてくる。
「儂がセイデンじゃ。こたびはよく働いてくれたそうじゃな。礼を言うぞ」
「……いえ」
「不肖の息子の代わりに帝都に招き入れたいほどよ。――のう、ノア」
ノアが無言で、軽く頭を下げた。傍らの従者から大きな袋を受け取り、セイデンに差し出す。
セイデンは、片手でその袋を掴むと、ディーンたちの足元へ放った。
「おぬしらの働きへの報酬じゃ。受け取るがよい」
重い響きをたてて落ちた袋の口から、まばゆい金貨ばかりがこぼれる。中身はおそらく、少なく見積もっても百万アルムは下るまい。
ディーンはそれには眼もくれず、顔を伏せたまま尋ねた。
「失礼ですが、これは御子息をお救いしたことへの報奨でしょうか。それともレオノイス制圧に関するものでしょうか?」
帝都の大貴族らしき男は、哀れむように口髭を歪めた。
「無論、事件を解決した働きへの褒美じゃ。これで足りぬと申すか? ならば――」
「恐れながら」
低く、きっぱりとディーンはセイデンの言葉を遮った。
「この金子は受け取りかねます」
セイデンの青い瞳が、きらりと光った。ディーンは身を低くしたまま続ける。
「われわれは御子息の救出に向かいはしましたが、レオノイス制圧に関しましては御子息の手助けをいたしましただけのこと。ゆえに――」
「金子は受け取らぬと申すのか? では、何が望みだ。帝都に召し抱えられたいか?」
ディーンは顔を上げ、その濃紫の双眸でセイデンを見据えて言った。
「御子息を助け出したことへ、一言礼をおっしゃって頂きたいのみでございます」
周囲の者の顔色が変わった。
非礼といえば、あまりにも不躾な申し出である。
セイデンはしばし東国の少年を見つめ、やがてうっすらと笑った。
「これ――」
先程ノアに金袋を渡した従者に目顔で示し、さらに両手で抱えるほどのアルム金貨の袋を持ってこさせる。
「おぬしの度胸の良さを買って、非礼は許してやろう。これで満足いたせ」
再び投げつけられた袋から、先程とは比べ物にならぬ量の金貨が溢れ出した。
ディーンは無言で、わずかに眉根に力を込める。
彼が望むのは金ではなく、心だった。
一言レイが無事だったことへの感謝の気持ちを表わしてくれれば、何も受け取らず引き下がるつもりであった。
だが――。
ディーンの手が金袋へ伸びるのを見、セイデンが、やはりといった顔になる。そのまま踵を返そうとする彼へ、
「ちょっと待てよ」
極めて礼を欠いた口調が呼び止めた。
金貨の袋を右手に掴み、東国の少年が立ち上がる。
怪訝な顔をするセイデンの前へ、派手な音を立てて、二つの金袋が投げ返された。
広間を取り囲む兵士が、はっと色めき立つ。
それを手振りで制し、セイデンが高貴なものの鷹揚さで彼を懐柔しようとした、その時。
瞬く間に詰め寄ったかと思うと、ディーンが勢いよく男の左頬を拳で殴打した。
「馬鹿野郎っ! あんた、それでも親か!」
激しい怒気を込めて言い放つ。
殴られたセイデンがよろめき、その場に膝をついた。
「やめろ、ディーン!」
ギガースが、背後から少年を抱えて抑える。兵士たちが即座に割り込み、彼らを取り押さえにかかった。
従者たちにセイデンが助け起こされる中、騒然となる室内に、なおも怒鳴るディーンの声が響いた。
「子供を攫われた親なら、まず無事を喜ぶのが人情ってもんだろう! どんなに偉いか知らないが、てめえなんざ親でもなければ人でもねえっ! 人間以下だ!!」
セイデンが蒼白な顔で、ノアに脇を支えられるようにして退室する。
衛兵の長い警杖に突かれ殴られ、ディーンとギガースはその場にねじ伏せられた。
いきりたった白い妖魔も、法術師たちの力の輪に動きを封じられる。
事件の解決を祝い、功労者を讃えるはずの集まりがもたらした意外な結末に、その場の一同は動揺を隠しきれなかった。
茫然とするレイたちが見つめる前で、一転狼藉者となった少年たちは捕縛され、兵士らに引っ立てられていった。
*
「――悪いな、ギガース。おまえまで巻き込んじまって」
ディーンは、白鳩城の地下に作られた狭い牢の壁にもたれ、隣にいるはずの巨漢に声をかけた。
「なに、気にするな。いつものことだ」
「なんだよ、それ」
「おまえに関わるとろくなことがないということだ」
壁越しに返された皮肉に、ディーンは思わず笑った。
「あ、いてて」
腫れあがった頬を押さえる。姿は見えないが、ギガースも似たり寄ったりの酷い有様なのだろう。
総督府は、他国に在りながら帝都の直接権力の手中にある、極めて特殊な存在である。
その構成員も帝都から派遣された者が大多数を占め、往々にして気位の高い彼らは、他国者に対して非常に強い差別意識を持っていた。
そこで帝都の大貴族らしきセイデンを殴ったディーンは、彼らの差別意識を正当化する理由を与えてしまったといえる。
特に原罪者であるギガースへの当たりは烈しく、殴られ蹴られ、なかば私刑のような扱いを受けて二人は地下牢へ放り込まれた。
勿論、魔剣・荒炎は召し上げられる。
「……腹、減ったなぁ」
ぼんやりとディーンが呟いた。
騒ぎを起こした張本人の呑気な台詞に、ギガースが吹き出す。
「まったく、おまえは」
「あんだよ」
「いや、自分の感情に素直なやつだと感心しただけだ」
「悪かったな」
投獄されたわりに緊張感のない会話がされていると、通路の暗がりの向こうから軽い足音が聞こえてきた。
「二人とも無事か?」
声をかけ、片手に盆、片手に燭台をもったレイが顔を覗かせた。
蝋燭の明かりに照らされた彼らの姿に、銀の眉が哀しげに寄せられる。
「随分と酷いことをされたな。具合はどうだ?」
「これ以上ないってほど絶好調」
ディーンがいつもの調子で軽口をたたく。
その様子に少し安堵して、レイは、食事を盛った盆をそれぞれ鉄格子の下から差し入れた。
半日ぶりのまともな食事に、ディーンのお腹が盛大に音をたてる。
「どうやら胃袋は無事なようだな」
レイは苦笑して、ギガースの方を覗き込んだ。
「食べられそうか?」
「ああ、ありがとう」
その隣では確認するまでもなく、ディーンが盆に並べられたパンとふかしたじゃが芋、ソーセージ、酢キャベツという食事をすごい勢いでかき込んでいる。レイが持参した水筒で水を飲み、
「そういや九曜はどうした?」
「法術師に捕まったままだ」
「あいつが本気にならなくて良かったぜ。あやうく大騒ぎになるところだ」
もちろんそうなった場合、九曜の勝利は目に見えているのだが、無益な殺生を嫌うディーンの教育が行き届いているとはいえ、人間側の被害は少しでは済まされないだろう。
「まあ、何もしていないことだし、このままおとなしくしていれば問題はないだろう」
「そうだな。人間嫌いに拍車がかかりそうだけど……」
早くも皿を空にして、匙をくわえたディーンが憂鬱に呟いた。
「ところでおまえ、こんなところに来て大丈夫なのか?」
「ああ、しばらくは。牢番に小遣いを握らせたからな」
いつの間にそんなことを覚えたのか、レイは涼しい顔で言った。懐から出した膏薬と包帯を鉄格子の隙間からディーンの手に落とす。
「なに、自分でしろっての?」
「当たり前だ。さすがに鍵まではくれぬ」
いつもの調子で返したレイは、やや深刻な顔になって切り出した。
「その……さっきの父のことだが……」
「……ああ、悪かったな。殴ったりしちまって」
「だが、父の態度はあまりにも――」
立ち入った話になりそうな雰囲気に、ギガースは気をきかせて、ごろりと寝たふりを決め込んだ。
ディーンは、すまなそうなレイに腫れた顔で笑いかけ、
「腹は立ったけど、ちょっと俺も感情的になりすぎちまった」
鉄格子越しに、まだ疲れの残る彼女の頬を撫でた。
「無理もないさ。親父さんは、あの現場を知らないんだ。事情を知ればきっと分かってくれるさ」
あれから、瓦礫に埋もれた輝破矢を取りに行ったディーンが目にしたもの――。
それは死骸が積み重ねられ血の池が満たされた、地獄絵図そのものの光景だった。
その中で半妖となったアルーザに、少女はどんな想いで囚われていたのか。
心中を察すると胸が痛む。
「まあ親父さんも、今は俺に殴られてそれどころじゃないかもしれないけど」
ディーンは明るく冗談ごかした。
レイの蒼い瞳が、ようやく和む。励ましに来たつもりが、逆に力づけられたようだ。
「……ありがとう、ディーン」
低く囁かれた言葉に、ディーンが照れた。強風にあおられた凧よりも簡単に舞い上がる彼を、レイがたしなめる。
「だからといって忘れたわけじゃないからな」
口紅の件をちくりと持ち出す。それでも、ディーンのにやけ顔はおさまらない。
と、そこへ新たな足音が響き、背の高い影がこちらにやってきた。
はっとレイが立ち上がる。
「兄上」
それを聞いて、通路に目を向けたディーンの眼が、驚きに丸くなった。
「あんた――」
軍服調の縦襟の服にマントを裾引くその人物は、先ほど謁見の間でセイデンの左脇に座っていた青年であった。
その時は遠目でよく分からなかったが、その顔はまさしくシェスと名乗った法術師の青年のものだった。
以前とは違い、癖のある金髪を肩に垂らした青年は、疲れの残る妹にやさしく命じる。
「レイファシェール。後は私に任せて休みなさい」
「はい」
異母兄の言葉に素直に頷くと、レイはディーンに目顔を向け、その場を立ち去った。
寝たふりをしていたギガースが、むっくりと起き上がる。
座ったままディーンは、法術師を名乗った青年を冷ややかに見上げた。
「あんた、レイの兄貴なら、最初からそう名乗ればいいだろう?」
「隠さなければ、君を絞め殺しそうな気分だったのでな」
ルークシェストは、妹が誘拐されるきっかけを作った男に厭味に答えた。
「まあそれは冗談にしても、素性を知ったら君たちは素直に協力してはくれなかっただろう?」
「そりゃ帝都人は嫌いだけどさ。だけど、なんで単独で動いていたんだ? レイのことがあるからか?」
銀の兇児であるレイは、それを隠すため公には男とされている。
「それもある。それに、今回はリューン貴族の介在が予想されたので、なるべく秘密裏に調査したかったのだ。君たちに興味もあったことだしな」
「興味?」
「そうだ」
ルークシェストは頷いた。
「君には、聖宝盗難の時にも世話になったそうだな」
見惚れそうな笑顔で告げる言葉の裏に、あからさまに棘がある。
――ひょっとしてこれは……。
ディーンの顔が引きつった。壁越しに、ギガースが笑いを堪えているのが分かる。
――見張られていたか……。
いろいろと理屈をこねていたが、実のところ妹についた〝虫〟を偵察に来たというのが、シェスが彼らに近づいた理由なのだろう。
今さらながら警戒するディーンに、ルークシェストが実に愉しそうに微笑む。
その笑顔に、ディーンがおののいた。
「まさか、ここで尋問はやめてくれよ」
「君をいじめても仕方あるまい」
シェスは言ったが、怯えた様子のディーンを見て、意地悪い目つきになった。ちょいちょい、と指で彼を招く。
「なに? 俺、こんなところで襲われるのなんて嫌だけど」
「誰が誰を襲うんだ?」
「だって、俺の女装が気に入ってたみたいだから、その気があるのかな~って」
「……君は、どうしても牢から出たくないようだな」
冷たく言って去ろうとする青年のマントの端を、慌ててディーンが捕まえる。
「わわわ。悪かったって。なんだよ、一体」
「その前にまず――」
言い差して、シェスは軽くディーンの額に左手をかざした。
松明より淡く、日の光よりあたたかい黄金の光が満ち、身体に受けた傷が瞬時に消える。
「うわ、すっげー。あんた本当に法術師なんだな」
皮肉ともとれるその感嘆に、ついでギガースの傷も癒したシェスが濃い眉をしかめた。
「そう名乗っただろう。何だと思っていたんだ?」
「だって、持ってた手帳は中央捜査局のだし、見た目は剣士だし、変なやつだなーと思ってたんだよな」
痛みのなくなった体をほぐしながら、何気なくディーンが言った。
「ほう。よく見ていたな」
「当たり前だろ。あんな時に突然現われて協力したいなんて言うやつ、誰だって疑うぜ」
「それにしては、あっさりと受け入れてくれたようだが」
「ギグが何も言わなかったし―――」
ディーンは、すべてを見抜く天眼への信頼をうかがわせて、
「それに……妹の話は嘘とは思えなかったからな」
本当にレイが攫われてたんだもんな、と呟く彼に、シェスは軽い驚きを感じる。
――観察しに行ったつもりが、こちらも観察されていた、か……。
その驚きは、彼の新しい面を発見した喜びでもあった。
「せっかく協力して事件を解決してくれたのに、地下牢での滞在とは申し訳ないな」
「気にしてねえよ。個室だしな」
ディーンは女装から解放されたせいなのか、しきりと身体を動かす。腕を伸ばしながら、
「しっかし、鬘っつーのは最悪だよな。暑いし蒸れるし」
「まったくだ」
思わず同意したシェスは、にやにやするディーンにおのれの失言を悟った。
「あれ、やっぱり鬘だったんだ? よくできてたけど」
「どうして分かった?」
「普通は気付かないと思うぜ。俺は慣れてるから、最初から変だと思ってたけど」
ディーンは朗らかに言った。彼は幼い頃、舞楽師だったという経歴をもつ。
シェスは、背の半ばまで伸ばした豊かな金髪をかきあげた。
「片腕以外には内密にしていたので、どうしても姿を変える必要があったのだ。法術で変えれば簡単なのだが、法力を使うと消し飛んでしまうのが難点でな。それで仕方なくああなったというわけだ」
「ほぉーん。いろいろ御苦労なことで」
「大変なのは君だろう。父はわりと温厚なほうだが、頑固な人でな。後でとりなしに行ったが、聞く耳を持たんといった状態だ」
「おや、それはそれは」
他人事のように言う少年に、シェスは呆れ顔になる。
「よくて母国へ強制送還。こじれれば実刑が下るぞ。出身はカルディアロスだと聞いたが、誰か身元を保証してくれるような権力者はいるか?」
「権力者ぁ? 権力とは程遠い暮らしだからなー」
「貴族でも商人でも、とりあえず名の知れた者の後ろ盾があると分かれば、大した処分はできぬだろう。少々卑怯だが、この際文句は言えん」
「貴族ね。一人いるんだけど――」
「誰だ?」
「後で外交問題に発展しそうだからやめておく。実刑ったって、どうせ鞭打ちとか禁固刑だろ。んなものどーってことねぇよ」
「何を呑気な」
「俺はともかく、ギグはどうなるんだ? あいつはもともと俺を止めようとして巻き込まれただけなんだぜ?」
「彼は――」
秀麗な面立ちを曇らせ、シェスが言いにくそうに口ごもった。
刺青の施された妖魔狩人の顔に、複雑な笑みが漂う。
「原罪者に罰は下らん。神から呪われた種族は、すでに誰よりも重い罪を下されている、というわけだ」
「彼をここに拘置しておくことは、神の意志に反する行為とされるのだ。明日の朝を待って、彼は放逐されるだろう」
シェスが続けた。ディーンの口から深いため息がもれる。
「よく分かんねぇな。原罪者ったって、俺たちとなにが違うんだよ。能力者なら大勢いるぜ?」
「私も分からぬ。光明神教の教えがそうなっているというだけだ」
「あんた帝都貴族だろ。そんなこと言っていいのかよ」
帝都は光明神教の総本山。ルシアにもっとも近いとされる正神殿のある場所だ。
その帝都に居を構える青年貴族は、品よく、不敵な微笑を浮かべた。
「私は、神の前では人はすべて平等だという精神のほうを重んじているだけだ」
これが熱心な光明神教徒だと原罪者は人ではないと反論するのだろうが、ディーンはいかんせん信者でも何でもないので、そんな気はさらさら起こらない。
「レイも原罪者を特別扱いすることなかったけど、あんたの家族ってみんなそうなのか?」
「さあ、どうだろうな。私は実際的なほうなので、個人を能力で評価する結果こうなっただけでレイファシェールとは根本的に違う気がするが」
「そうかもな。あいつは、なまじ感応者なんてやつだから、原罪者どころか敵も味方も動物も全部同列なんだよな。下手したら妖魔も一緒くただぜ」
ディーンが分析する。
「ま、そこがいいところでもあるわけなんだけど」
「他人にはそれが通用しないということを理解しておらぬからな」
シェスの言葉に、ディーンがそうそうと合槌をうつ。
顔を見合わせてため息をつく二人の様子に、ギガースがくすりと笑いを洩らした。
なかなかどうして、この二人は似ているのだ。
一見シェスは生真面目、ディーンはいい加減だが、一度こうと決めたら寸暇を惜しんで全精力を注ぎ込む激しさは、どこか共通していた。
負けず嫌いで一本気――そんな二人は、レイの話題で盛りあがり雑談へと移っていく。
そこへ、レイに追い払われていた牢番たちが戻ってきた。
「では、私はそろそろ引き上げるか」
「おう。またな」
「明日の査問会で会おう」
かちこちになった牢番たちが、颯爽と笑顔で去るシェスを最敬礼で見送る。
帝都人の青年がいなくなったのを見計らい、牢番は厳しい口調で異国の囚人たちを詰問した。
「きさまら、御無礼はなかっただろうな?!」
しかし、答えはなかった。
昨夜からの疲労が頂点に達した二人は、すでに深い眠りの底に就いていたのだった。




