5-2
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屍人形であったギデオンの死を見届け、レイはディーンに駆け寄った。
だが、互いの無事を喜ぶより先に、疑問が口をついて出る。
「今のは一体なんなのだ?」
冷酷な眼差しをふっと微笑に溶かし、ディーンが黙って右手の青白い剱を見せた。
形は多少違っているが、それは半年前テーベで目にしたあの妖魔の分身に酷似していた。
「冽牙と言っていたが、では……?」
「ああ。九曜に教えてもらって喚び出せるようになったんだ。いまいち制御しきれなくってなー。まだ実戦向きじゃないんだけど」
ディーンが、いつもの悪戯っぽい顔で少女を見やる。
「ま、今回は特別だ」
「……すごいな」
素直に感嘆して、レイは冽牙に手を伸ばした。慌ててディーンがその手を掴む。
「触わんなよ。俺でも右手以外で触わると、あの世逝きなんだぞ」
「え? じゃあ――」
言い差してレイは、彼の背中に回された妖魔の分身を覗いた。
「後ろの髪、凍ってるぞ」
「……え゛。わわわわ」
ディーンがあたふたと冽牙を体から離す。
「おまえなあぁ。主人は俺だってーのに」
詰るような言い方に、刀身がわずかに蒼い光を放った。レイが笑いをこらえる。
「反発しているようだな」
「ちくしょー。もういい。――冽牙、戻れ」
命じるや、蒼白の剱は再びひとすじの光となってかき消え、輝く紋様を浮かびあがらせて少年の右手に吸い込まれた。
ほう、とレイが声をあげる。
「便利だな」
「まあな。鞘はいらないし、持ち運びもしなくていいし……」
これさえなきゃあ、とディーンは、困り顔で凍った後ろ髪を片手でときほぐした。笑ってレイが、それに手を貸す。
だが、以前彼女が鳥の巣だと表した黒髪は、四方八方に伸び、手ぐしで梳かしたところでおさまりのつく様子はない。
首元にかかる氷の粒を払ってやり、レイは、簡易の包帯の巻かれた左肩で手を止めた。小さな声で、
「――ありがとう。助けに来てくれて」
「レイファス……」
滅多に聞けない素直な言葉に、ディーンがわずかに驚く。照れたような真顔になると、おずおずと少女の腰に手を回した。
深い蒼の瞳が、ほとんど身長の変わらぬ少年を間近で見つめる。ふと、細い指先が彼の唇に触れた。
戸惑うディーンに、レイがぽつりと思わぬ単語を口にする。
「……口紅?」
地下牢で化粧をとったときに落としきれていなかったものか。
ディーンの顔が引きつった。
その態度を何よりの返答と思ったレイは、無言で彼から離れる。ディーンが慌てた。
「あの、えーと……これは、その――」
女装して乗り込んだせい、とは絶対に言えない。それを言ったら男の恥だ。
困り果てた彼の様子が、レイの疑惑を確信に変える。
「そういうことか。助けに来てくれたのを素直に喜んだわたしが馬鹿だった」
冷静に見れば、汗でほとんど落ちたとはいえ彼の顔には白粉も残っているはずなのだ。だが頭に血が昇ったレイは、そんなことには気づかない。
真実を言うわけにもいかず、かといって他の女性と親しくしていたと思われるわけにもいかないディーンは、ひたすら狼狽えた。
「だからこれは、そんなんじゃないんだってば、本当」
「ほう。そんなの、とはどういうものだ?」
「え……と、だから」
なんとかごまかそうと、懸命に言い訳を考える。
「ほら、ずっと戦ってたし、なにかの返り血か汚れかな、なんて――」
「もういい。分かった」
言葉を遮り、レイがうつむいたまま短く言った。
許してくれたのかと思ったディーンは、次の瞬間おのれの甘さを思い知った。
胃の腑に鋭く拳がめり込み、目の前に星が飛ぶ。
「勝手に他の女と挨拶でも何でもしていろ!」
渾身の一撃をディーンに見舞い、レイは憤然とその場から立ち去る。
「――う゛。そ、そんなぁ」
呻いて、ディーンが腹を抱えてうずくまる。
一足遅れて玉間に駆けつけたギガースが、入り口から獅子と共にそれを眺め、ため息を吐いた。
「やれやれ。あいつも報われんな」
《そんなもんでしょ》
気軽に言い、九曜がわはは、と笑った。
二人の姿を目に留め、レイが走り寄る。
一人残されたディーンが、哀しくそれを追いかけた。
*
「おまえら、いつから見てたんだよ?」
《ちょっと前から。大丈夫、殴られる経緯は全部聞いてるから》
なにが大丈夫なのか分からないが、実に愉しそうな獅子の片耳を、ディーンは悔しまぎれに右手で引っぱった。
《いたい~~~~~っ》
「聞いてたんなら、止めろよなっ」
《邪魔しちゃ悪いかと思って》
くすん、と耳を抱え、九曜が言う。
ディーンは長いため息を吐いて、獅子の足元にしゃがみこんだ。
「もぉダメだ、俺。立ち直れないかも」
《なに言ってるの。レイに殴られるなんて、よくあることじゃない》
能天気な獅子を、紫の眼が恨めしげに睨む。
「馬鹿言ってろよ。ここまで乗り込んで戦って助けに行って、万事大団円の最終幕で殴られるなんて……いいとこなしだ」
《まあまあ、そのうち分かってくれるって》
慰めながら九曜は、もう少年とも呼べぬ彼が深刻な様相を呈していることに気がついた。
獅子の顔に、意地の悪い笑みが漂う。
《なるほど。やっと肚をくくったってわけ?》
「うるせぇ」
《前みたいにごまかさずに、きちんと伝えなよ。しっかりしてるようで、こういうことにレイは鈍感なんだから》
「……筋金入りだ」
不機嫌に呟くディーンに、九曜の苦笑があたたかになった。
――こっちのフィナーレは、まだだいぶ先だな。
などと思う。親のような気持ちになる自分が、さらに可笑しかった。
その時、レイと話していたギガースが話の途切れ間にこちらを見て、首を傾げた。
「ディーン。どうしたんだ、その肩は」
「外した」
むっつりとディーンが答える。その会話を聞いて、レイは思い出したようにつかつかとディーンに歩み寄ると、嫌がる彼の包帯を強引にほどいた。
「どういう状況だったら肩を脱臼したりするんだ? ――ギガース、押さえていてくれ」
座り込む少年の後ろから左腕を取ると、手荒く肩を入れる。鈍い音が玉間に響いた。
「あだだだだっ」
「自業自得だ」
レイの機嫌はまだ直らないらしい。
破れた服の上からギガースのマントを羽織っていたレイは、彼の了解をもらい、それを裂いて細くすると、改めてディーンの左肩を固定し直す。
少年の額に大きな痣を見つけ、指先で押さえた。
「いでっ」
「痣だらけだな。翌日が楽しみだ」
「うるせーって」
むっとした顔で、ディーンがレイの手を振り払う。
いつのまにやら仲直りをする二人を、ギガースが呆れ半分に見た。九曜を振り返り、
「そろそろ帰ろう。じきに夜が明けるぞ」
《それはいいんだけど……僕一人であの娘たち全部を運ぶの?》
シェスから地下で百名強の少女を見つけたと連絡を受けていた九曜が、厭そうに顔をしかめる。ちなみに法術師の青年は、紳士的にも彼女たちに付き添っているようだ。
やりとりを耳にし、レイが尋ねた。
「空間移動があるだろう?」
《あのね、空間移動はそれをできるものから離れていたら、できないの》
「だけどこいつ、前に妖魔を追いかけて亜空間から出てきたぞ」
親指でレイを差し、ディーンが疑問を挟む。獅子は肩をすくめて、
《それは特別。普通だったら亜空間から抜け出せずにいるか、空間の歪みに巻き込まれてばらばらになるかのどっちかだもん》
妖魔の説明に、遅まきながらレイは背筋が寒くなった。九曜が呑気に、無事でよかったね、と笑う。
「ということは、百十五名全員を運ぶのに何度か往復せねばならんのだな」
ギガースの台詞に、今度は九曜が蒼くなった。
《僕が乗せられるのは、いくら女の子でも五、六人が限度だよ》
「二十往復か。うーん、キツい」
ディーンが唸った。半泣きとなった九曜は、すでに腰が引けている。
《……逃げちゃだめ?》
「当然」
「当たり前だ」
ディーンは騎士道精神から、レイは道徳心から、それぞれ一言の下に却下した。
尻尾を振って逃げ出す獅子を、死の右手がむんずと捕まえる。
「だめだっつーだだろ」
《あーん、そんなぁ》
情けない声をあげる九曜に、意外にも妖魔狩人が助け舟を出した。
「どうやら、そうでもなさそうだぞ」
天眼をもつ巨漢は、天井の一画を見上げたまま告げる。
「六芒聖軍のお出ましだ」
*
六芒星に獅子の紋章――帝都正規軍、通称〝六芒聖軍〟の旗が、蒼く澄みゆく暁の空に大きくたなびく。淡い薄明の光が静けさを取り戻した海面をはじき、上空に浮かぶ四隻の船を照らし出した。
一見古風にも見える天翔船は、木造の帆船で、三本のマストに張られた帆で光と熱を集め、光石という石を主体に創られた発動機に集約、変換して〝空力〟を得る。
船体に六芒聖軍の印章と部隊名を記した船は、低い発動機の唸りをあげて空を進み、地図上にはない白く輝く島の上へと到達した。
先頭の一隻が、まず下降をはじめた。レオノイス王宮の塔のひとつへ近づき、ロープを張って着岸する。錨を下ろす間もなく、すぐさま武装した兵士が降り、散開して王宮の制圧に向かった。
最も大きな天翔船に乗った指揮官は、甲板に立ち、その様子を眺めていた。かつて外部の侵入を遮断していた障壁もなく、王宮が完全に非武装状態であることは既に承知していたが、類を見ない今回の異様な状況に訓練を兼ねた軍事行動の一環として成り行きを見守る。
傍らで、法術師団の幹部イスラフィールが安堵の笑みを洩らした。
「どうやら、すべて終わったようですね」
彼は法術師でも銀位という二番目の位であったが、遠見という特殊な能力が買われ、今回の出役となったのだ。帝都といえど優秀な法術師は少ない。
指揮官は、ひとつに結わえた長い髪を朝の風になびかせて微笑んだ。
「ふ……さすがに見事な腕前だ」
甘い低声が独白する。それが何に対しての感嘆なのかイスラフィールには分からなかったが、このレオノイス制圧に関することであるのは間違いなかった。
多岐にわたる仕事を手懸ける彼は、類い稀な頭脳の一方で能力者としても秀でると噂される。
それを裏付けるように、イスラフィールは、たたずむ彼の姿に底知れぬ何かを感じ取った。
その間に王宮を探索し終えた兵士が、攫われた少女たちを連れて現われはじめる。手を引かれ、あるいは身体を抱えられて保護された少女たちが、次々と天翔船に乗り込んだ。
その数、百十余名。
少女たちは、百人乗りの天翔船三隻にそれぞれ分けて乗せられた。
保護された人数の想像以上の少なさに、イスラフィールは重苦しい気持ちになった。
だが指揮官は、やはりといった顔つきで、美しい眉ひとつ動かさずに呟いた。
「1割弱といったところですか。これだけでもよく生き残ってくれていました」
緑玉の瞳に、冷たい光が宿る。
「この島の復活ごときに千名近い人命を奪おうとは……愚かな!」
痛烈な侮蔑の響きであった。
単なる被害者への同情心からではなく、加害者の行動を十二分に理解した上で発せられる厳しい批難に、イスラフィールは鳥肌が立つのを感じた。
ふと思う。
――この方を敵に回したら、一体どうなるのだろう。
その時は、今回の事件を凌ぐ惨劇となるに違いない。
彼はそう確信し、この男が味方であることに深く感謝した。
ふいに、兵士たちがざわめいた。
少女たちとは別に、王宮から新たな人物たちが現われたのだ。
指揮官が命じる。
「本船を下へ――着岸せよ」
船団の中で最後まで上方に停留していた天翔船が、一際見事な船体を煌めかせて王宮へと近づく。その巨大さゆえ空中静止が難しい船は、王宮東側に広がる空中庭園に重々しく着陸した。
廃墟の庭園に立つ異国の白い服を着た少年が、甲板に立つ人物を見て苦笑する。
「――また、あんたか」
「お久しぶりですね。セレスディーン・グラティアス」
艶やかな黒髪に白磁の肌、緑の双眸――ノア・ライムスである。
れっきとした成人男性ながら典雅な雰囲気をもつ男は、銀の額環をはめ、鬱金色の長衣をゆったりと纏った姿で、極上の微笑を浮かべた。
ディーンは、天翔船から降りてきた縄梯子を身軽くのぼると、ひょいと船縁をまたいでノアに前に立つ。彼の傍にいた影のような男が、一礼して船内に退った。
「随分とイイ頃合の出番だな」
「これが仕事ですから。髪をお切りになったのですね。よくお似合いですよ」
「そりゃどうも」
皮肉に応じ、ディーンは、以前自治州テスで中央捜査局特別司令官として会った男に苦い顔を向ける。深々とため息を吐き、
「はあ~。あんたと会うとろくなことがないんだよな」
「おや。再会を喜んで下さらないのですか?」
「何をどーしたら、この状況を喜べるっていうんだ?」
「お連れの方は喜んでらっしゃるようですが――」
ノアがにっこりと、仔猫の姿になっていそいそと天翔船に乗り込む九曜を顧みた。
宿敵ともいえる帝都の世話になることをものともせず、二十往復の空間移動から逃れた蒼白の妖魔は、上機嫌で船内を散策している。
ノアが、船縁の狭い幅を歩く仔猫に帝都式の礼を向けた。
「初めまして、九曜どのですね。お噂はかねがね、レイファシェール様より伺っております」
「ども」
愛想もなく九曜が返す。船縁に立っているものの長身のノア相手ではのけぞる形となり、ぽてりと仔猫のお尻が沈む。
膨大な魔力を秘めているとも思えぬその姿を見つめ、ノアがしばし黙る。考え込むように口元に手を当て、
「貴方とは……以前お逢いしたことがありませんか?」
「は?」
仔猫がきょとんとした。彼には、過去の自分の記憶がない。
ディーンが尋ねた。
「いつのことだ?」
「私が今の職務に就く前のことです」
「……ってことは、神官だったって頃のことか?」
「その前だったか後だったか……」
一体いつなんだ、と顔をしかめるディーンに、ノアは笑顔で首を振った。
「昔のことですから、ひょっとしたら記憶違いかもしれません。気になさらないで下さい」
「はあ」
訳がわからない九曜とディーンを置きざりに、ノアはレイとギガースを出迎えにゆく。
ゆっくりと夜の底が持ちあがるように、白々とした光が空と海を隔てはじめた。世界が目覚めるごとく、闇黒の夢が終わりを告げる。
「それでは――帰還!」
ノアの号令と共に、帆の向きが変えられ、天翔船は再び空に舞い上がった。
黒々とした大陸の彼方から、力強い曙光が差し込む。
それはやがて見事な日輪となって、辺りを鮮やかな薔薇色に染めていった。
航行の指示を出し終えたノアが、破れたマントを纏って舳先に立つレイに話しかける。
「御無事で何よりです、レイファシェール様。随分とお疲れのご様子ですね。湯浴みとお着替えの用意をしてありますので、船室のほうでお休み下さい」
「ありがとう、ノア。それで……これからどこに?」
「白鳩城です。御父上が御出でなられておりますよ」
聞いた途端、まだ血の気の戻りきらぬレイの顔が固く強ばった。
「――そうか。分かった」
抑揚もなく言い捨て、レイが船室に下りていく。
小さく息を吐いて見送るノアに、気付いてディーンが声をかけてきた。
「なんだよ、あいつ。どうかしたのか?」
「ええ、少し……」
曖昧に答え、ノアは話を逸らすように、改めて彼の左肩に眼差しを向けた。
「おや。怪我を?」
「ああ。ちょっとな」
元神官というノアは、少年の左肩を診て眉をひそめた。右手をかざして法力を籠める。
「あんまり関節を抜くと癖になりますよ」
テスで一度受けた時と同じく、あたたかい光に痛みが溶けていく。
ディーンは、軽く左肩を動かして具合を確かめた。
「お、さすが。助かるよ」
「お安い御用です。ですが、[治癒]は怪我を消してしまうものではありません。あくまでも治るための補助ですから、無理に動かすとまた傷めますよ」
ノアが医師のような口調で釘を刺す。
「ところで、差し支えなければ、部下の報告を聞く前に貴方がたの話を聞いておきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、いいけど」
応じて、ディーンは何を思い出したか、首を伸ばして辺りを見渡した。
「そういえば、シェスの姿が見当たらないな」
「他の船かもね。僕たちとは別に、女の子たちの救出に行ったから」
二人の足元にやって来た九曜が言う。
「へえ。で、無事なのか?」
「心配いらないでしょ。法術師だし」
「なんでだ? あいつ、そんなにすごいのか?」
「それもそうだけど、これ六芒聖軍の天翔船でしょ。お仲間と合流したんじゃない?」
言いつつ、仔猫が意味ありげに長髪の男を見上げる。
ノアは笑顔でそれをごまかし、東国の少年に質問した。
「中の様子はいかがでした?」
「うーん。俺も全部を見たわけじゃないんだけど……」
ディーンは訥々と言葉を選びながら、乗り込むまでの概要と〝超神託機械〟について話した。
聞きつけて、ギガースも話に加わる。
「〝超神託機械〟――か。なるほどな。王宮が異常な様子だったのは、そういうことか……」
「部屋をぶち抜く形で生き物みたいな光る柱が立っててな~。気味が悪かったぜ」
「おまえが見たのは中枢の部分だろう。人でいえば頭脳に当たるようなものだ」
「そういえば、人工頭脳がどうのと言っていたな」
「――では、本体はそれ以上だと?」
ノアの問いに、天眼を持つ男は、遠ざかる白い島に視線を投じた。
「おそらく、レオノイスそのものがティターンなのだろう」
その場にいる者の表情が変わる。
「え……?」
「レイから聞いたのだが、あの島は未知のエネルギーの流れ込んでくる場所なのだそうだ。そうであれば、精巧な頭脳をもつ機械にも何がしかの影響を及ぼしたとしても不思議はないだろう。例えば……人間の道具に過ぎなかったものが自らの意思をもつほどに――」
「まさか、今回の事件を画策したのはティターンだったっていうのかよ?!」
ディーンが驚きの声をあげた。
重々しく頷き、ギガースは漆黒の瞳を細める。
「そうとしか考えられん。前に俺が視た強烈な自我――あれは、アルーザでもギデオンでもなく、二人を手足として闇の力と自由を手に入れようとしたティターンの意志だったのだ」
肯定とも否定ともつかぬ沈黙がその場に降りた。
落ち着いたノアの声が、静かにそれを破る。
「王の末裔であったギデオンは王国の復活を、魔術師のアルーザは闇の力を手に入れるためにそれぞれ手を組んだものと考えていましたが……確かに、そのほうが筋が通りますね」
「じゃあ、ギデオンを屍人形にしたのも?」
「人工頭脳は、安定した環境下であれば、故障や外部からの意図的な消去以外に情報を損失する――つまり〝忘れる〟ということはありません。
創られた五千年前当時から入力され続けた膨大な知識の中に、反魂の術もあったのでしょう。なんらかの形でギデオンの遺体を回収し、屍人形にしたと考えられなくもありません」
一同は、複雑な想いで暗い影となっていく島を振り返った。
謎を秘めた、孤高の島。
だが、その野望はついぞ成し得ることはなかった。
ひっそりとディーンが呟く。
「なぜ……何千年も経った今頃になって……」
「分かりません。何らかのきっかけで眠っていた回路が目覚めたのか、それともこれから起こる異変の前触れにすぎないのか――」
言い、ノアは憶測を振り払うように頭を振った。
「これから調査を進めるのか?」
「私にその権限はありませんが、止めておいた方がよいと進言するでしょうね。真実を追究することがすべて良い結果を招くものとも限りません。興味があることは否定しませんが、人の身にあれは手に余る代物です」
ノアは瞼を伏せ、緑の双眸を深い翳に隠した。
「帝都の監視の下、あのまま眠らせておくのが一番でしょう」
「臭いものには蓋をしろ、か」
「そう言われてしまえば、返す言葉もありませんが」
苦笑するノアに、ディーンもようやく表情をほころばせた。長身の男の胸元に光る、六芒星と獅子の印章に目を止める。
「あんたも大変だな。今度は六芒聖軍か」
「レオノイス制圧と人質救出の段取りを遂行しただけです。本来は別の用務で、レイファシェール様の御父上の御供としてこちらへ参りました」
「げ……」
「聞いていませんか? この事件の指揮は、レイファシェール様の兄君が執っておいでなのですよ」
「兄ぃ? そういえばいるって言ってたな」
なんとなく、ディーンはその発言に不吉なものを感じる。
「……厭な予感がするぜ」
呟いた彼の言葉どおり、ほどなくしてそれは的中することとなった。




