第49章ー17
「ローマ帝国からの回答です。取り敢えずは無期限の停戦協定を締結する。その上で詳細な講和条件を詰めることにしたいとのことです」
「そうですか。それを受け入れましょう」
ローマ帝国の使者の言葉に、教皇シクストゥス5世はそう言わざるを得なかった。
在ローマの枢機卿も、現実が見えない極一部(その中には天使が降臨してきて、ローマ教皇庁を救ってくれる筈だという妄想を訴える者までいた)を除き、ほぼ全員が教皇シクストゥス5世の判断を積極的に支持している。
彼らにしても、ローマ上空をローマ帝国の軍用機が昼夜を問わずに飛び交う現実の前に、ローマ帝国と講和せざるを得ないという判断を下したのだ。
「尚、ローマ帝国からの提案ですが、これは神の平和という形態に近いものとし、教皇と皇帝が連名で全てのキリスト教徒に無期限に戦を止めるように呼び掛ける形を停戦協定では採りたいとのことです」
「ほう」
ローマ帝国の使者の言葉は、シクストゥス5世を唸らせた。
シクストゥス5世は、口には出さなかったが、ローマ帝国の考えに舌を巻く想いがした。
成程、そういう形で無期限の停戦協定を締結するか。
確かにそうすれば、シチリア島を中心とする南イタリアでの武装抵抗行動は、神の意思に反する行動ということになる。
武装抵抗している者の多くが、武器を置くことになるだろう。
仮に武器を置かなければ、それこそ破門等の危険を負うことになるからだ。
それに彼らにしても教皇から武装抵抗を止めるように言われたと言えば、武器を置きやすいだろう。
又、このような形を採れば、オーストリアを中心とするハプスブルク家やポーランド=リトアニア王国とも、ローマ帝国は無期限の停戦協定を事実上は結ぶことができる。
勿論、ハプスブルク家やポーランド=リトアニア王国が、どこまでこのような提案に従うかという問題があるが、ハプスブルク家やポーランド=リトアニア王国にしても、国内の疲弊等からローマ帝国との戦争をそろそろ終えようと考えているようで、この動きを表面上はともかく、内心では歓迎するのではないだろうか。
「よろしいでしょう。教皇庁としては、ローマ帝国からの停戦協定の形式についての提案を全面的に受け入れましょう。それから、ローマ教皇庁の護衛兵の武装解除に同意し、ローマ市内の治安維持等のために、教皇領内へのローマ帝国軍の進駐も受け入れましょう」
「そこまで最初から譲歩されますか」
シクストゥス5世の返答の言葉は、ローマ帝国の使者を驚愕させた。
使者としては、ローマ帝国軍の教皇領進駐等の条件は、それこそ交渉の中でようやく認められると漠然と考えていたのだ。
「ローマを始めとする教皇領内の治安維持を行い、市民の安全を守るとなると、ローマ帝国軍が教皇領内に進駐するのを認めざるを得ません。それに、ローマ帝国軍の将兵が、ローマの住民から掠奪等はしないと私は考えますが、まさかされるおつもりですか」
「いえ、女帝エウドキヤからも、市民からの掠奪等厳禁の勅令が出ています。それなのに掠奪をするような者が出た場合、それこそ軍法会議で銃殺刑に処する等の厳罰がその者には下されるでしょう」
「それを聞いて安心しました。60年余り前の「ローマ劫掠」のような事態は避けられそうですな」
「そのようなことは決して起こさぬと神の名において誓いましょう。又、停戦協定締結に伴って素直に武器を置かれるならば、教皇庁の要人の身の安全も保障しましょう」
ローマ帝国の使者としてこの場にいた森成利(幼名は蘭丸)は、そうシクストゥス5世に明言した。
その言葉を聞いたシクストゥス5世は、改めて考えた。
それをせめてもの自らへの慰めとしようか。
シクストゥス5世が何故に本文中のような態度を執ったかですが。
本文中では描けませんでしたが、シクストゥス5世が即位した当時、ローマ教皇庁領内の治安はかなり悪化しており、盗賊が横行していたという現実がありました。
そういった状況をシクストゥス5世がかなり改善したのですが、まだ完全には程遠く、ローマ帝国軍によって、毒を以て毒を治めることをシクストゥス5世は期待したというのがあったのです。
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