エピローグー7
「今日中に帝に内大臣の辞表を提出しなさい」
「私に辞表を書けと」
どちらが格上かわからない会話を、義理の姉弟(といっても、姉の方が20歳近くも年上で、母子でも十分に通るくらいの年の差がある)は交わしていた。
尚、言うまでもなく、織田(三条)美子と九条兼孝の会話である。
九条兼孝は内大臣であり、織田(三条)美子は尚侍である以上、九条兼孝は織田(三条)美子の直属の上司という立場になる。
更に言えば、織田(三条)美子は清華家の三条家の当主代行という立場に過ぎないのに対し、九条兼孝は摂家の九条家の当主であり、家格から言っても九条兼孝が格上である。
だが、織田(三条)美子の人生経験が、完全に九条兼孝を押しつぶしており、どちらが上なのか分からない会話を二人はしていた。
美子は帝(正親町天皇陛下)の御前を下がった後、その足で内大臣府にいた九条兼孝を訪れて、共に九条邸に速やかに赴くように言った。
美子の気色から兼孝は悪い予感しかなかったが、黙って従うしかない雰囲気を美子はまとっており、渋々美子と共に兼孝は九条邸に戻った。
そして、美子は九条兼孝夫妻を前にして、いきなり冒頭の発言をしたのである。
「一体、何故ですか」
美子の余りの言葉に、それ以上の言葉が中々出てこない夫の代わりに、敬子が姉に理由を尋ねた。
更に言えば、何故に自分が夫と共にいるのか、その理由が敬子には分かりかねていたが、美子の答えに驚愕した。
「貴方も貴方です。農水省に入りたいという伊達政宗の頼みを、何故に快諾したのですか。自分の力で頑張りなさい、と断るのが本来ですよ」
「しかし、政宗は私の可愛い甥ですし。こういったことはよくあることでは」
敬子は姉の美子に弁解し、その横で美子の剣幕に委縮しながら、兼孝は妻の言葉に肯いたが。
美子は、兼孝を見据えて、更なる追い打ちを掛けた。
「内大臣は宮中専任。政府の人事に末端とはいえ、口を挟むのは明らかな越権行為で許されません。これまで、近衛前内大臣が、島津義久首相を介して、宮中人事に介入しようとしてきたのを、政府の越権行為だとして宮中が跳ね返してきたのを、忘れたのですか。自分で自分の言葉を否定するのですか」
美子の言葉に、兼孝は項垂れるしかなかった。
実際、美子の言葉は正しかった。
宮中と政府は別だ、という理屈で、島津義久首相等による宮中人事への介入を、宮中は拒絶してきた。
それなのに宮中のトップである内大臣が、末端と言える政府の公務員採用に口利きをしては、自分で自分の理屈を否定するに等しい。
せめて内々に密やかにやっていればもみ消せたかもしれないが、それこそ帝の耳に入る程に九条内大臣は、この件でやらかしてしまった。
「分かりました。辞表を書いて、今日中に帝に提出します」
九条兼孝はそう言い、その横で敬子も美子の剣幕にうちしおれてしまった。
「内大臣の後任は、二条昭実にするとの帝の内意です。特に異議はありませんね」
「はい」
実際、九条兼孝からすれば、二条昭実は実弟であり、異議が言いづらい相手だった。
「それから、これはオスマン帝国とローマ帝国の講和について、正使として働いた二条昭実への論功行賞ということに表向きはします。そして、政宗は、後で私から厳重に叱っておきます。良いですね」
「はい」
九条夫妻は青菜に塩状態となり、美子の言葉に同意した。
九条夫妻は、改めて想った。
何だかんだ言っても余りうるさくすると、話が大きくなるから、内々で処分は済ませるということか。
だが、暫く政治的に逼塞せざるを得ないな。
美子は、取り敢えずは九条夫妻に対するけじめをつけた上で考えた。
本当に気が重いけど、政宗も厳重に叱り飛ばさざるをえまい。
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