エピローグー5
上里勝利の直諫ともいえる言葉は、エウドキヤに暫く沈黙を強い、又、考え込ませることになった。
少なからずの時を置いた後で、エウドキヤはようやく口を開いて言った。
「分かりました、宗教的対立からくる移住に関しては、ある程度は目をつぶります。しかし、官僚が積極的に異教徒、異宗派信徒を迫害する事態が起きていると把握した場合、その官僚を厳罰に処します」
「その辺りが、数年の間はやむを得ない落としどころと考えます」
上里勝利も苦汁を飲んでいるかのような口調で、エウドキヤに同意する言葉を吐いた。
苦い現実から目をそらすためもあり、エウドキヤは更に言葉を継いだ。
「欧州方面の戦況はどうなっていますか」
「今のところは順調です。旧オスマン帝国領のほとんどは、オスマン帝国との講和条約の効果もあり、ローマ帝国の統治を受け入れる方向になっています」
エウドキヤの問いに、上里勝利はそう答えた。
実際、上里勝利の言葉はその通りとしか言いようが無かった。
ローマ帝国とオスマン帝国の講和条約締結により、オスマン帝国の欧州領全てがローマ帝国に割譲される事態が起きていた。
そして、欧州領にいた旧オスマン帝国の官僚達は、その講和条約を受け入れてオスマン帝国に向かうか、又はローマ帝国の官僚に転職するか、二者択一の路をほぼ歩んでいる。
だが、全てが順調にいっている訳ではない。
神聖ローマ帝国やポーランド(=リトアニア)王国は、これを好機として南東欧方面、旧オスマン帝国領への侵攻作戦を発動しているのだ。
そして、ローマ帝国はこういった神聖ローマ帝国等の動きに対処して。あわよくば逆侵攻作戦すら発動しようと考えて行動をしている。
上里勝利はそういった状況を踏まえて、言葉を選びながら言った。
「当面の我が国の目標としては、旧オスマン帝国領の完全確保ということになります。実際問題として、ベオグラードやソフィア等といった市街、及びその周辺を順調に我が国は領土化しつつあります」
「確かにその辺りが、欧州方面においては、当面の目標と言えるでしょうね」
上里勝利の言葉は、エウドキヤを得心させるものであり。
又、エウドキヤの言葉は、上里勝利の当面の目標と一致するものだった。
だが、その後の大きな目標については食い違う事態が起きた。
「旧オスマン帝国領の確保を完全に果たした後、イタリア半島からシチリア島、更にはチュニジアまでも我が国の領土にしたい、と私は考えています。それによって、旧五大総司教座をローマ帝国が完全に確保して、その上で公会議を開き、東西教会の合同を果たしたいと考えています」
「それは素晴らしいことです」
エウドキヤの言葉に、上里勝利は頭を垂れながら言った。
だが、続く言葉には思わずりつ然とした。
「その後、ローマ帝国は東へと進み、モンゴル、タタールの軛からロシアを解放しよう、と私は考えています。場合によっては、中央アジア、シベリアを東へと進み、太平洋に到達するまで進む覚悟です」
「それは余りにも壮大な」
エウドキヤの言葉に驚愕する余り、上里勝利はそれ以上の言葉を発せられなかった。
実際、エウドキヤの言葉に従えば、ローマ帝国領は太平洋沿岸にまで到達することになる。
そんなことが実際に可能なのだろうか、と上里勝利は気が遠くなる気がした。
そんな上里勝利の内心を思いやることなく、エウドキヤは更に言葉を継いだ。
「私はローマ帝国の皇帝ではありますが、同時にロシアの血も受け継いでいます。モンゴル、タタールの軛に苦しんだロシアを解放したいのです」
「全く持って道理です」
上里勝利は、そう言うしかなかった。
その一方で、上里勝利は思った。
これはアジアで大戦争が起きるな。
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