第48章ー17
少なからず場面が変わります。
さて、パナマ運河の開通は、そういった点で世界的な影響をもたらす代物だった。
だからこそ、日本本国の当時の野党所属の衆議院議員、木下小一郎までが、パナマ運河開通式典に出席することになったのだが。
その開通式典の前日に、木下小一郎は思わぬ人物の訪問を受けた。
「儂が誰か分かるか」
「どこかでお会いした気はしますが」
「だろうな。流石に約30年ぶりとなると、実の兄と言えども、そう言われるだろうな」
「えっ。私の兄はエジプトで処刑されたと聞いていますが」
「嘘じゃよ。本当は別人になって、ここで生きておる」
羽柴秀吉こと木下藤吉郎が、弟の木下小一郎を密かに訪ねてきたのだ。
「本当の話というか、本当に兄上ですか」
「信用できないのも無理はないがな。だが、お寧も儂の傍にいれば本当だと信じてもらえるだろう」
実際、木下藤吉郎の横には、お寧が寄り添っていた、
お寧は表向きは夫の遺志を見届けると称して、パナマで暮らしており、年に1,2度だが、実家の浅野家や木下家と手紙のやり取りをし、その際に自らの写真を付けてもいる。
だから、木下小一郎は、お寧が本人だと判別できたし、更にお寧が寄り添っているのが、先程の言葉も相まって、恐らく兄の藤吉郎だと判断することができた。
「一体、どうして」
「エジプト独立戦争の際、オスマン帝国からエジプト独立戦争の責任者として、儂の首を所望されてな。近衛前久殿から、お前の首がいるが、適当な死刑囚の首で代えるつもりがある。死刑になりたくないなら、別人としてパナマ運河建設に生涯を掛けて欲しい。尚、一生、お前が日本本国の土を踏むことは許さんが。どうする、と問われてな。命が惜しくて、別人になって生きることを選んだ次第だ」
「そうだったのですか」
「このままパナマの土になるつもりだったが、お前が来ると聞いてな。この際、実は生きていることを知らせたいと思ったのだ。口が堅い、とお前が見込める者には、儂にパナマで逢ったと伝えてくれても構わん。儂は日本の土は踏めない身だがな」
「私が首相になったら、羽柴秀吉の名で日本にこっそり帰ってきてこれるように計らいます」
「下手な希望を持たせるな。羽柴秀吉の名では、日本に帰れるとは考えられん」
「何故です」
「近衛殿は生きておるし、もう一人、目を光らせている女人がおる」
「女人」
「尚侍さ。儂の首を最後まで求めたが、近衛殿と尚侍の夫が説得して、生涯、日本に戻らないならば、という条件で何とか折り合った。だが、その際に言ったそうだ。もし、日本に戻ったら、帝を謀ったということであの男は死刑にしますと。あの尚侍なら、何らかの口実を作って、本当にやるだろう」
「確かに」
兄弟は、長々と話し合った。
具体名は挙げていないが、兄弟は共に織田(三条)美子を念頭に置いている。
織田政権時には夫を立てて一貴族院議員として過ごしたが、夫の政界引退、島津政権成立後は速やかに美子は尚侍に復帰して、腹心の妹婿の九条兼孝を内大臣に据えて、宮中を再掌握してしまった。
更に様々な縁を駆使して、政官財界の情報収集も常に行っている、島津首相以上に情報を把握しているとまで、美子については噂が流れているのを、小一郎は知っている。
実際、労農党の党首として、織田前首相の下を小一郎は度々訪問しており、美子とも時々話をするのだが、美子は何でそこまで知っているのか、と小一郎が驚く程、情報を把握している。
兄弟は共に思った。
羽柴秀吉の名で日本に帰国しようとすれば、美子の耳に必ず入るようになっているだろう。
仮に偽名を使う等の手段をもっても、美子の目をごまかすのは、まず無理だろう。
藤吉郎が日本の土を生きて踏むのは無理なことだな。
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