第7章ー14
畑中健作少佐を中心とする日本陸軍の面々が考えた作戦は、極めて単純といえば単純だった。
それこそ敢えて、ビルマ王国軍をシャム王国の懐に飛び込ませて、更にその退路を脅かすことで、ビルマ王国軍を敗北させよう、という肉を切らせて骨を切るような作戦だった。
だが、これとて、実はかなり苦悩した末で絞り出された作戦ではあった。
幾ら同盟国の国土を一時的とはいえ、敵軍に荒らさせるはどうか、という声がシャム王国内部からのみならず、日本陸軍内からさえも挙がったからだ。
しかし。
「シャム王国軍が十二分に最前線で戦える状態にない以上、懐に入りこませて叩くしかない」
という畑中少佐の最終判断が、最終的にはシャム王国の最上層部からも是認された。
それに、それこそ畑中少佐が挙げた戦例は、戸次鑑連大尉等、戦国時代の面々でさえも肯かざるを得ない戦例としか言いようが無かった。
かつて、南北朝時代(皇軍の面々に言わせれば吉野朝時代)において、いわゆる京の都は吉野朝軍、足利幕府軍双方にとって、何度も争奪戦の舞台となった。
その際に多発したのが、一旦、敵軍に京の都を明け渡したうえで、それを逆用して周囲から袋叩きにすることで敵軍を崩壊させて、味方が取り戻すという作戦戦術だった。
これは京の都が守り難い地形にあると言うのが一因だったが。
畑中少佐が、ビルマ王国軍の侵攻を前にして、思い出したのがその戦例だった。
味方の主力となるシャム王国軍が弱体である以上、敢えて前線での防御に拘るのは無理がある。
むしろ、ビルマ王国軍をアユタヤ前面にまで引き込んで、補給線を長くして消耗させ、その上で叩くべきだ、と畑中少佐は考えたのだ。
そのために活用されたのが。
「よしよし、こちらの射程内だが、相手は気づいてないようだな」
「では」
「わしが射撃を行ったら、適宜に射撃して逃げ散るぞ。事前計画通りにな」
「分かりました」
武田晴信少尉は、少し密林が切れたところで、10名余りの部下と共に待ち伏せていた。
なお、すぐ傍に馬がいて、射撃を終え次第、乗馬して遁走する予定だ。
「よし、命中した筈だ」
とはいえ、実際に命中するところを見るどころではない。
射撃を終え次第、馬に乗って、尻に帆を掛けてすぐに逃げるのが半ば仕事なのだ。
しかし。
「バオーン」
銃弾が命中した象が絶叫して暴れ出したのが、それこそ気配で分かる。
1発で倒れる程の威力は無いが、数発も命中すれば、象が傷ついて暴れる事態は当然に起きる。
そうなると象の周囲の人が、死傷するのは当たり前で、その被害を防ごうと、象使いは暴れる象の急所を刺す等して、象を殺さざるを得ない。
更にその結果は。
バインナウン将軍にしてみれば、ありとあらゆる悪態が頭の中に浮かぶ有様となっていた。
連日、昼夜を問わずに、銃声が響くたびに象が傷つき暴れて、象使いが仕留める事態が起きたのだ。
3日目ともなると、銃声がするだけで、傷ついていない象までもが暴れる事態が起き出した。
それはそうだろう、象にしてみれば、銃声がすると仲間が傷つき殺されていくのだ。
こうした中で、象が銃声を聞いて、平静を保てる訳がない。
しかも性質が悪いことに。
「銃声がした方向に銃兵を奔らせましたが、馬に乗っていたようで逃げられました」
「騎兵を向かわせたら、逆に伏兵の射撃で馬が倒されました」
部下からのそうした報告が相次ぐ。
「いい加減にしろ。まともに待ち伏せも防げないのか」
義弟の国王、タビンシュエーティーが激怒するが、バインナウン将軍にしてみれば、結果は自明だ。
何しろ、日本軍の銃の方が、我々の銃より有効射程が長く、しかも銃と騎兵の組み合わせの扱いに長けているのだから、どうにもならない。
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