第46章ー18
実際、藤堂高虎の予感は結果的に当たることになった。
6月25日にローマ帝国軍はダマスカスを無事に占領することができたが、これ以上の進撃は困難だ、と磯野員昌や宮部継潤が判断する状況に陥っていた。
「酒井忠次殿からの連絡内容は」
「エルサレムからエジプトへの直接の陸路での補給は、かなり困難になっており、アンマンを占領している井伊直政の部隊をエルサレムに引き上げさせ、補給路維持に転用することを検討しているとのこと」
「それはかなり酷いとしか、言いようがないな」
通信士官からの報告に、磯野員昌は顔をしかめざるを得なかった。
「それを言い出したら、こちらも他人事でないぞ。ベイルートからダマスカスへの有線通信網を建設しようとしているが、隙を見ては切断が試みられる状況で、無線通信に頼らねばならないのでは、と通信部隊からは上申が出ている。補給部隊襲撃は言うまでもない」
「うむ」
宮部継潤の言葉に、磯野員昌は同意せざるを得なかった。
「アンティオキアは、遠すぎた街になるということか」
「ダマスカスにいるアンティオキア総主教を確保できただけで満足せざるを得なくなりつつあるな」
「ふむ。完全な越権行為に基づく上奏になるが、エジプトに残されている約3万人の予備部隊の半分でも投入してもらえないか、と上奏してみるか」
「確かにそれができれば、アンティオキアやアレッポへの前進が可能になるだろうが」
磯野員昌の言葉に、宮部継潤は口ごもるように答えた。
「何かあるのか」
宮部継潤の態度に、何か違和感を覚えた磯野員昌は半ば問いただすように言った。
「ローマ帝国上層部は、そんなことをするよりも東欧方面の確保のために、予備部隊を投入したいのではないか、と自分は考えるのだ」
「確かにその方が、ローマ帝国の今後を考えれば合理的か」
宮部継潤の言葉に、磯野員昌は肯かざるを得なかった。
何だかんだ言っても、このレヴァント地方において東方正教徒は圧倒的に少ない。
(既に述べたことだが)住民の7割から8割がイスラム教スンニ派なのだ。
幾ら宗教の宥和を説いて、実際にそのような統治にローマ帝国が努めても、多数派を占めるイスラム教スンニ派の住民は、何らかの不満を抱く可能性が強い。
何しろ支配者層の地位から、ローマ帝国によって追われることになるのだ。
これまで見下していた少数派と同じ扱いをされては、逆差別だと憤懣を抱く可能性が高い。
その一方で、ギリシャやセルビア、ブルガリア等の東欧地方は、東方正教徒が多数を占めている。
そして、実際にローマ帝国の統治に戻ることを歓迎する動きが、東欧一帯では目立つようになっており、オスマン帝国の統治の実態が急速に失われつつあると聞いている。
その現実を考える程、予備部隊を向けられるならば、レヴァント地方よりも東欧に向ける方が、遥かに合理的なのは間違いない。
「ともかく陸路からの補給物資の輸送が困難になりつつある現状から考えると、我々は、エジプト本土から海路でのヤッファやベイルートへの輸送路を構築し、そして、ヤッファからエルサレム、アンマンへ、又、ベイルートからダマスカスへの陸上輸送路を主とすることにし、その上で、我々は指揮下に兵力を駆使して、オスマン帝国軍による占領地での遊撃戦を封殺していくのが最善ではないだろうか。そして、上陸用舟艇を輸送船に転用することも、場合によっては考えるべきだろう」
「確かにそれが最善だろうな」
宮部継潤の言葉には道理がある、と磯野員昌は認めざるを得なかった。
そして、酒井忠次らにも、磯野員昌はこの話をして、酒井忠次らも了承した。
かくして、レヴァント地方でのローマ帝国軍の進撃は終了することになった。
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