第45章ー20
「電信の威力とは凄まじいものだな。通信速度の重要性が、ここまでのものとは」
ローマ教皇庁が混乱に陥っている頃、スペインのマドリードの王宮では、フェリペ2世が、どこか遠くを見ながら、傍にいるアレッサンドロ・ファルネーゼ公爵に語りかけていた。
アレッサンドロ・ファルネーゼも、フェリペ2世から敢えて目をそらして答えた。
「日本本国や北米共和国と交渉して、電信の通信網に参加した甲斐がありましたな。本当に世界の動きが速やかに分かるようになりました」
二人とも、この会話が現実逃避の代物なのが、重々分かっている。
それ程にコンスタンティノープルが陥落し、ローマ帝国の復興が宣言されたというのは、重すぎる現実であり、スペインを始めとする欧州諸国に与える影響は大きいものがあった。
「イングランドの妹君(エリザベス1世のこと)からは、どのような連絡が」
「プロテスタント信仰を、いつまで続けられるか不安です、との一言だけだ」
「幾ら「龍殺し」として知られるドレーク卿がおられるとはいえ、陸では戦えませんからね。それに我々と同様に情報収集とその整理に手間取っているのでしょう。更に言えば、これからこの情報が広まることによって起こる国内外の混乱を鎮めるのが、極めて大変なことになりそうですし」
「だろうな。ポルトガルと同君連合を組まなくて正解だった。スペイン内部だけでも、頭が痛いのに、更に頭を痛めることが増えるところだった」
二人は代わる代わるのような感じで、コーヒーを飲んでいた。
更に言えば、思わず砂糖を入れたいのを共に我慢している。
コーヒーも砂糖も輸入品だ。
スペインは大幅な貿易赤字に苦しんでおり、国産品奨励、輸出振興、輸入品削減を国民に訴えているが、コーヒーに関しては輸入に頼らざるを得ず、砂糖にしても輸入品に圧倒されている。
それも日本本国とその植民地からのだ。
日本本国との関係改善に努めて、ようやく蒸気機関等の導入が為され、更に電信の通信網に参加して、国内の枢要部に電信を張って、国内外の情報把握等が迅速になっている。
だが、日本やその関係国に伍していくには、技術の導入だけ進めてもどうにもならない、とアレッサンドロ・ファルネーゼら、北米独立戦争の経験者等は伝えており、国内の政治経済改革が必須なのが、徐々に政府の上層部に広まりつつある中で、国外でローマ帝国の復興という大事件が起きてしまったのだ。
更にローマ帝国は、聖地エルサレムの奪還を目指そうとしており、その先頭にはユダヤ教徒が立っているとの情報まで流れている。
「聖地エルサレムが、ユダヤ教徒によって奪還されたら、どのような事態が起きるのですかね。あの土地はイスラム教徒にとっても聖地です」
「キリスト教徒なのに、他人事のように言うな。それに、どうなるのですかね、というのは、どういう意味で言っているのだ」
「色々な意味でですよ。欧州を始めとする世界各地にいるユダヤ人の反応も気になりますし、我々を始めとするキリスト教徒にとっても、大きな問題でしょう。他にも色々と」
「確かに色々とだな。ローマ帝国の復興だけでも、頭が痛いのに」
肉親ということも相まって、アレッサンドロ・ファルネーゼは、フェリペ2世に気安い口調で話しかけ、フェリペ2世も気安い口調で答えた。
余りにも大きすぎる事態が続けざまに起きている。
少しでも事態を落ち着かせる必要があるが、どうすれば落ち着くのか、さっぱり見当がつかない。
更に今のスペインの力では、どうにもなりそうにない。
フェリペ2世は想った。
かつて「太陽の没することなき大国」といえた我が国が、僅か数十年でこうなるとは。
本当に、どうすればよいのだろうか。
話中でエリザベス1世を、フェリペ2世の妹君と呼んでいますが。
フェリペ2世の先妻メアリー1世はエリザベス1世の異母姉なので、義兄妹に二人はなるのです。
これで第45章を終えて、次話から第46章になります。
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