第42章ー23
だが、この酒井忠次が断行したハバナからグアンタナモへ強行軍を断行した上での強襲作戦案は、無謀極まりない代物としか言いようが無かった。
酒井忠次は、時間を掛ければかける程、グアンタナモ周辺の日本本国軍の防衛体制は強化されるという判断から、できる限りの急行軍を下令した。
更に困ったことに、酒井忠次の指揮下でグアンタナモへと急行する将兵の多く、細かく言えばその将兵の中にいる士官の多くが三河者だった。
だから、傍から見れば、無茶苦茶な急行軍が断行されることになってしまった。
「幾ら何でも無茶です。鎧等を着込んでいないとはいえ、毎日、日本軍の単位で言えば40キロ以上もの急行軍等、身が持ちません」
ハバナ周辺の駐屯地から出発して10日程が経った頃、アレッサンドロ・ファルネーゼ中佐の指揮下にある一つの歩兵小隊の小隊長でもある中尉は疲労困憊しきった顔で、アレッサンドロ・ファルネーゼ中佐に懸命に訴えていた。
「全くだな」
ファルネーゼ中佐も同様に考えていた。
というか、ファルネーゼ中佐にしても間もなく満33歳になるとはいえ、充分に若いと言える年齢の筈なのに、夕方に宿営地にたどり着き次第、夕食を食べるのも億劫になる程の疲労に連日襲われ、夕食を食べ終わり次第、泥のように眠る日々を送る羽目になっている。
更に言えば、ファルネーゼ中佐はまだ佐官なのだから楽な方であり、末端の兵卒に至っては夜間の歩哨に当番で立たねばならない者等もいるのだ。
そうしたことから、それこそ行軍中に歩きながら居眠りする猛者が出始めているという噂が部隊内に流れているのを、ファルネーゼ中佐は把握している。
自分の知る歴史上の急行軍といえば、第二次ポエニ戦争の際にローマのネロ将軍が行ったという平均1日50キロ以上、約800キロの道程を14日で踏破したという記録だが、あれはローマ街道あっての代物といってよい。
全く道路が無い訳ではないが、踏み分け道に毛が生えたとしか言いようがない、馬車にしても2頭立てでは通れず、馬1頭か人間ならば2人並べば道路幅一杯になるような細道が大半なのに、そこを1万以上の大軍が急行軍するのは無茶苦茶だ。
道路の混雑を考え、4つの集団に分かれての行軍を行うことで、混雑から来る渋滞を低減しているが、それでも1つの集団が先頭から最後尾まで約5キロの長蛇の列になっており、先頭の兵が出発してから最後尾の兵が動き出すのに1時間近い時間が掛かる事態が起きている。
更に言えば、先頭の兵が当日の行軍の目的地について、夜寝る前の寝床や夕食の準備が終わる頃に、最後尾の兵がたどり着くという、ある意味では怖ろしい事態になっている。
こんな長蛇の列での行軍を行っているところの側面を襲われたら、堪ったものではない。
もっとも、現実にはそんな側面に回り込んで襲撃できる余裕もない、と考えられるが。
ファルネーゼ中佐は、そこまで考えを進めたが、このような急行軍は将兵の疲労困憊を引き起こすだけだから、もう少しゆっくり進むべきだ、という訳にも行かないという事情まで考えた。
北米植民地の潜水艦が跳梁しているとはいえ、海上機動を北米植民地側が行うのは、日本本国海軍の勢力を考えれば極めて困難だ。
だから、我々は陸路でグアンタナモを目指すしかない。
更に時間は日本本国軍の味方だ。
日本本国軍は着々とグアンタナモの防備を強化し、海軍の前進拠点とし、飛行場を整備しているという情報が届いている。
ゆっくり進めば、日本本国軍のグアンタナモでの工事がどんどん進捗してしまう。
ファルネーゼ中佐は、散々に考えた末、酒井忠次にゆっくり進むべきという上申を行わない判断を下すしかなかった。
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