第1章ー7
「そういったこともあり、陸軍の方々に、ここリンガエン沖合に集って頂いたのです。もし、史実通りの世界であり、更に16世紀半ば以前にいるのであれば、我々の艦隊を打ち破れる存在はありません。ですが、下手にタイ等に攻め込んで、そこに史実とは違う強大な国家が存在等した場合」
近藤信竹中将は、そこで言葉を区切ったが、その場にいる全ての将官が、近藤中将が言わなかったことを自然に察することが出来た。
何しろ、地形等については、航空偵察ができるので、ある程度のことは推測ができる。
だが、実際に現地にどの程度の国家、勢力がいるか等、航空偵察で分かる訳が無い。
更に、考えを進めるならば。
「余り考えたくないが、そもそも仮に地形がその通りであったとしても、そこに資源があるとは限らない」
小沢治三郎中将が独り言を言い、その言葉が耳に入った面々が、更に顔色を変えた。
何しろ、過去にいるらしい、というあり得ない事態に、自分達が陥っているのだ。
地形は何とか、航空偵察で確かめることができる。
だが、それ以上のことは、現地調査をしてみないと確認しようがない。
もしも、そこに油田がある、と思って行ってみたら、そこに油田は無かった、という事態が起きない、と誰が確信を持って言えるだろうか?
「その通りです。油田がある、と思って行ってみたら、油田が無い、という可能性もあります」
近藤中将が丁寧に言った。
本来なら、この場にいる海軍の最高位の軍人として、そこまで丁寧に言う必要は無い。
だが、余りにも異常な事態に置かれ、更に10万人以上の将兵の命が掛かった状況に置かれているのだ。
その重圧を少しでも分かち合って貰おう、という想いが近藤中将に丁寧な物言いをさせていた。
近藤中将の発言の重みに、その場にいる陸海軍の将官全員が、暫くの沈黙を余儀なくされた。
天皇陛下からお預かりした赤子、陸海軍の将兵10万人以上、彼らを生かさねばならない。
日本本土が健在ならば、我々はそこに帰還すれば済む話かもしれない。
だが、今、我々がいるのが、吉野朝から戦国時代という推測が正しいのなら、日本本土に帰還して終わりという話にはならない。
この時代の天皇陛下をお救いし、国体を回復させねばならないのだ。
とはいえ、補給が我々は完全に断たれた状態と言える。
今ある手持ちの物資で、懸命に戦うと共に、物資を調達せねばならない。
「工作艦「明石」がある以上、ある程度の修理等の作業は可能ですが、「明石」にしても無から有は造り出せません。溶鉱炉が一応は艦内にありますが、良質の鉄鉱石等が無ければ、無用の長物です」
高橋伊望中将が追い打ちを掛けた。
空気は、ますます重くなった。
だが、一人の将官の発言が空気を変えた。
「えーい、ここで議論ばかりしても仕方がない。取りあえず、我々の根拠地を作ってしまおう。まずはルソンを抑えてしまおう」
第18師団長の牟田口廉也中将が、暴論を言った。
「そもそも、ここに我々が集ったのは、そのためではないのか」
「うむ」
「確かに」
他の将官からも、賛同の声が挙がった。
フィリピン群島の中心と言えるルソン島を制圧し、更にミンダナオ島等のフィリピン群島を抑えれば、ここにいる大日本帝国陸海軍の将兵が、自活することは可能になる。
例え、日本本土が消滅していたとしても。
最悪の事態に備える必要はあるが、いつまでも動かない訳にも行かない。
それに。
「マニラの住民の中には、日本を知っている者がいるかもしれん。あれは小なりとはいえ、貿易港に航空写真からは想える」
そう小沢中将は内心で想い、牟田口中将に賛同した。
ここに皇軍は、マニラを制圧、更にルソン島を制圧する作戦を発動することになった。
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