第6章ー14
それにしても、元々が武士で戦場経験もある者ということで、30歳以下という年齢縛りがあったが、陸軍士官を志望できてよかった。
やはり、自分は戦場に赴きたいのだ。
もっとも言葉(方言)の壁には苦労したし、他にも兵器、銃の扱い方とそれを集団で運用する方法等、そういった士官教育についても、一方ならぬ苦労をする羽目になった。
そんなことを戸次鑑連大尉が、辻政信大佐と面談しながら、考えるともなしに考えていると。
辻大佐の横にいる上里松一大尉の気色が、急に変わった。
更に辻大佐も、急に気色をあらため、声を潜めながら言った。
「シャム国王から依頼があった。ある人間を暗殺する」
「誰ですか」
戸次大尉の問いかけに、辻大佐は即答した。
「シャム王国軍の最高司令官、ウォーラウォンサーだ」
「気が進みませんな。国王ならば、処刑命令を出せば終わりでは」
戸次大尉は、そう辻大佐に答えた。
「普通ならそうだが、そう簡単には行かない事情がある」
上里大尉が、辻大佐に口添えして裏事情も合わせて説明した。
「日本を出る際に、シャム王国の王室の醜聞は聞かされたか」
「全く聞いていないとは言いませんが」
階級的には同じ大尉だが、先に大尉になったのは、上里大尉だ。
そのためにやや丁寧な口調で、戸次大尉は上里大尉に答えた。
「シャム王国の現国王陛下は、ヨートファー国王だが、その実母であり、王太后でもあるシースダーチャンが密通し、自分の夫であり、ヨートファー国王の実父でもあるチャイラーチャー前国王陛下を毒殺したらしい、という噂が首都アユタヤの住民の間にまで流れている有様だ。
具体的な証拠は挙がっていないが、状況証拠は揃っている。
夫が死んだ後、すぐにウォーラウォンサーとシースダーチャンは、半公然と夫婦同様にふるまい出した。
更に、病による急死とのことだが、国王が長年信頼していた侍医を退け、自分が推薦した侍医を国王に置かせたのは、シースダーチャンだ。
その侍医とシースダーチャンしか、病を発症してから亡くなるまでのチャイラーチャー前国王陛下の様子は見ていないとのことだ。
本来からすれば、他の侍女なり、小姓なりも様子を見るのが当然だが、悪性のうつる病気だったら困るから、とシースダーチャンがチャイラーチャー前国王の傍に近寄らせなかったという。
これでも、ウォーラウォンサーとシースダーチャンは怪しくない、といえるか」
上里大尉は、上里屋の情報網が把握した情報を合わせて、戸次大尉に詳細を伝えた。
戸次大尉は、上里大尉の話を聞く内に、顔色を変えた。
「ヨートファー国王陛下は、現在は11歳に過ぎないから、当然、摂政が必要ということで、ウォーラウォンサーが音頭を取って、王太后のシースダーチャンを摂政にした。
だから、細かいことを言えば、摂政がいる以上、国王陛下と言えど、命令は出せない。
そして、その摂政が、自分の愛人であるウォーラウォンサーの排除をすると思えるか。
下手をすると、ウォーラウォンサーが軍を握っている以上、ヨートファー国王陛下が殺されるぞ」
更に辻大佐が、上里大尉の言葉に口添えをした。
戸次大尉は、更に顔色を変えた。
「そういった次第で、心ある面々は、ヨートファー国王陛下に事の真相を告げ、更にそれを介して、我々に密勅が下った。ウォーラウォンサーを暗殺せよ、とな」
戸次大尉の顔色を見据えて、辻大佐が言った。
「しかし、どうやって」
「我々の前装式ライフル銃で狙撃する。公式には、流れ弾が逸れて当たったことにする。新型銃故の事故ということだな」
戸次大尉の問いに、辻大佐は答え、戸次大尉は唸った。
確かにマスケット銃のつもりで撃ったのだ、と言えば事故で押し通せる可能性大だ。
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