第36章ー9
もっとも軍部と言えども政府に具体的には織田信長首相に、全ての情報を開示して北米植民地が武装蜂起から独立戦争を起こした場合の方策についてを書いている訳ではない。
どうしても部外秘の情報はあるし、更には言いづらい情報というのがあるからである。
特に現在の陸軍が困っているのは北米植民地独立戦争が起きた場合、その鎮圧を北米の現場で行う将軍、最高指揮官の人選だった。
今日も今日とて、戸次鑑連参謀総長と北条綱成陸相とが膝を突き合わせて話し合う事態である。
「武田晴信将軍が亡くなっているのが痛いですな」
「とはいえ、それはそれで地獄だろう。幾ら武田家の親子兄弟の相剋はよくあったこととはいえ、父が鎮圧軍の最高司令官、長男が独立軍の最高指揮官の一人で戦場で相まみえるというのは」
「確かにその通りですが、武田晴信将軍ならほぼ全ての陸軍の将兵が納得する人選でした」
「陸相の言うのももっともだな」
そんな遣り取りを続けた末に、北条陸相が腹を据えて戸次参謀総長に言った。
「やはり、陶隆房将軍を北米派遣軍の総司令官にするのが妥当では」
「確かに軍功等から言っても妥当だな」
戸次参謀総長はそうは言ったが、気が乗らない様子だった。
「陶将軍に何か問題があるのですか」
北条陸相とて戦場を知らない存在ではない。
更に言えば、陶将軍もそれなりどころではない戦歴を持ち、優秀な将帥であることを実証している。
それを北条陸相は知っているだけに、戸次参謀総長の態度が微妙に気に障り、北条陸相は戸次参謀総長を難詰するような口調に思わずなった。
「うむ。儂の僻目かもしれぬが、陶将軍はどうも臨機応変の才能に欠ける気がしてしょうがない。それこそ兵力を集めて、何というか力押し、位押しをするような戦いならば必勝だろう。力押し、位押しをすれば誰でも勝てると言われそうだが、実際には戦場の機微というものがあり、力押し、位押しをしたからといって、戦場で誰でも勝てるとは限らない」
戸次参謀総長はそこまで言って言葉を切って、暫く沈黙した後、言葉を選びながら言った。
「その一方でほぼ同数の兵を率いあった激動の戦場で、臨機応変に戦える才能が陶将軍にあるのか、と言われると何だか引っ掛かるのだ。何しろ我々は基本的に武器の優越等もあって、相手よりも優勢な状況の中で戦い続けてきた。特に対スペイン戦争になってからは、その傾向が顕著だ。陶将軍は初期の頃の対ポルトガル戦争の戦場を知らないからな。尚更、不安を儂は覚えるのだ」
「言われてみればそうですな」
北条陸相も戸次参謀総長の懸念を全面否定はできなかった。
「皇軍、来訪」があったことによって、日本の技術レベルは(史実よりも遥かに)発展したが、すぐに全てが発展したわけではない。
それこそ書籍等の資料が幾らあっても、実際に現物を作って更に量産化してとなると、それこそ巨大な山を築くように地盤から徐々に作っていかざるを得なかった。
だからこそ、約30年を掛けて銃にしても最初は火縄銃を作り、次に前装式ライフル銃を作り、更に後装式ライフル銃から機関銃を作って、ようやく皇軍が標準装備していた連発式のボルトアクション式小銃を最前線の歩兵が装備できるにまで日本はなったのだ。
銃以外の大砲を始めとする各種武器等についても、似たようなものだ。
そして、陶将軍が前線に赴くようになったのは、対スペイン戦争が始まってからであり、それまでは日本の国内外の要地の要塞建設等に主に陶将軍は従事していたのだ。
そして、対スペイン戦争が始まる頃には日本軍では後装式ライフル銃等が当たり前になり、完全に日本の武器の優越等が確立していた。
北条陸相も何となく不安を覚えだした。
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