第36章ー8
織田信長と妻の美子の会話は続いた。
「海軍の力で何とかならんのか」
「北米植民地の力の源泉は、その広大な土地と土地に根付いた住民の力です。この力を弱めるのに海軍はほぼ役立ちません。それにパナマ運河はまだまだ計画段階に過ぎません。日本海軍は太平洋岸地域はともかく、カリブ海や大西洋に侵出するとなると、事実上は南米大陸の南を回るしかないのです。これは大変な手間と時間が掛かる話です。海軍が頭を抱え込むのも当然です」
「ふん」
自分の問いが冷静に妻にいなされた上で返され、信長は鼻を鳴らすしかなかった。
「取りあえずは、南米にある我が海軍の拠点を拡張や強化しておくしかない。そう海軍首脳部は言っていますね。そういった点でもカリフォルニアの確保は枢要です。カリフォルニアのサンディエゴは、南北米大陸における日本海軍の二大拠点の一つです。もう一つのニューオリンズは、北米植民地が武装蜂起して、独立戦争が始まれば、すぐに失陥しておかしくないですから、サンディエゴまで失っては、南北米大陸周辺で海軍艦艇が損傷した場合、日本本国まで曳航して連れ帰るという事態が起きかねません」
美子は自分の見解も付け加えて、夫に丁寧に説いた。
信長のしかめ面は更に酷くなった。
「それにしても何とかならんのか。何か方策がある筈だ」
「北米植民地は、日本本国と同程度の技術を持っています。又、ニューオリンズの海軍拠点整備のために、北米の炭田や鉄鉱石を始めとする鉱山について皇軍が持参してきた情報を北米植民地に止む無く流して、更に製鉄所等も北米で整備させました。こうした背景が北米植民地が軍備を自前で行える現状を作っていると陸海軍や植民地省の報告書が述べています。こういった状況にある北米植民地に、日本本国からどのような方策がある、とお考えですか」
信長がイラつけばイラつく程、美子は冷静に返した。
実際に美子の言葉が正しいだけに、信長はますますイラつくしかない。
信長がイラつくのを無言で見ながら、美子は信長に未だに明かしていない瀬名や石川数正との密約を密やかに思い起こした。
日本本国で年季奉公人禁止法案が可決成立すれば、北米植民地は恐らく武装蜂起から独立戦争への流れ、うねりが巻き起こるだろう。
そうなった際に、瀬名や石川数正、更にその周辺が日本本国に味方すると言えば、北米植民地の独立推進派は大いに打撃を受ける筈だ。
少なくとも当面の間、カリフォルニアの確保はできるだろう。
だが、問題はその後だ。
武装蜂起から独立戦争まで起こされては、日本本国としても北米植民地の武装鎮圧を行うしかない。
しかし、日本本国の人口は約1200万人、一方、北米植民地の人口は約300万人。
後、豪州等の日本植民地の人口が約150万人、中南米の日本の植民地の人口が約150万人と言ったところか。
(尚、何れもおおよその数字である。
更に言えば、植民地の人口は何れも日本の統治に服している原住民等の人口を含む数字であり、裏返せば日本の統治に服していない原住民等の人口は含まれていない)
普通に考えれば、4倍の人口を誇る日本本国に負ける要素はないが、問題はこの戦争が独立戦争というところにある。
独立戦争というのは負けなければよいのだ。
北米植民地が負けずに抗戦を続けるような事態が起きては、日本本国は疲弊して厭戦気分が国民の間に引き起こされることになり、北米植民地の独立を認めろという輿論が巻き起こりかねない。
そして、4分の1の人口があれば、そういった事態、独立を認める輿論を日本本国内に引き起こすことは決して不可能な話ではないどころか、十分に可能だ。
美子は、現状に頭を抱え込むしかなかった。
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