第35章ー13
夫の武田義信の同意を得た武田(上里)和子は速やかに、又、密やかに各所に連絡を取って、万が一の際に備えた武装蜂起、独立戦争の準備に取り掛かることにした。
まずは武田義信が武田家及びそれに連なる面々に武装蜂起等の準備を密やかに指示する。
その一方で、和子は法華宗不受不施派の幹部の面々に加え、自らが北米における事実上の後見人を務めている本願寺派門徒の幹部の面々にも、万が一の際に備えた準備を依頼する。
そして、もっとも動かすべき相手である松平元康にも和子は義信と協調して連絡を取った。
「うーむ。油断し過ぎておったようだ」
和子と義信の連名の手紙を受け取った元康は顔色を真っ蒼にしつつ、呟かざるを得なかった。
まさか正妻の瀬名が自分を裏切っている可能性が高いとは。
更にそれに石川数正らまでが同心している可能性も高いとは。
勿論、長男である松平信康は言うまでもない。
「妻が夫を裏切るとは婦道にもとることだ。息子が父を裏切るとは孝の教えに反することだ。石川数正らのすることは不忠者のやることだ。全くここまで人倫の道に反している者が儂の周囲におったとは」
自分がしてきたことを完全に棚に上げて元康は更に呟いた。
瀬名や信康、数正らに言わせれば、どの口が元康は言うのかの世界である。
それこそ日本のためと言いながら、日本本国からの命令等に反して何度も行動したのは元康であり、明らかに祖国日本の裏切り者である。
又、(この世界では)確かに浮気は男の甲斐性かもしれないが、ある程度は相手を考えて浮気をやることであるのは間違いないし、それなりに正妻の面子等が保てるようにするのが当然だ。
年上の経産婦、それも主に異人種を何人も同時に愛人にして同居し、正妻の瀬名を公然とないがしろにして別居するような元康はそういった点でも、(瀬名らに言わせれば)瀬名を非難する資格は無かった。
それはともかく、ことが事である。
元康は現在の腹心の部下と言える酒井忠次や本多正信らを密かに集めて、義信と和子の連名の手紙を示すと共に、自分の考えを話すことになった。
酒井忠次らも一驚どころではない驚きを示すことになった。
「そんな年季奉公人禁止法案が日本で成立され、それを植民地全体に適用しようとするとは」
「それこそ我々に死ねというような法案だ」
(もっともこの辺りは、和子からの欺瞞情報も入っている。
美子というか、織田信長としては日本本国のみに年季奉公人禁止法案を適用するつもりであり、植民地には適用するつもりは全く無かったからだ。
しかし、和子は年季奉公人禁止法案が植民地全体に適用されるかのように手紙に書いていた)
そして、その驚きの中で瀬名や信康、石川数正らの裏切り疑惑が元康から告げられた。
忠次や正信らは更に驚くことになった。
(もっとも、正信は内心では冷めた考えをすぐにした。
幾ら何でも元康が先に裏切ったと言ってよい話であり、瀬名らにしてみれば元康が悪いと言い募る話だと覚ったからだ)
「さて、どうすべきか」
答えは分かっていると言ってよい。
だが、考えを明確に一致させる必要から、元康は忠次や正信らに訊ねた。
忠次や正信らは、お互いに少し目を合わせた後で異口同音に言った。
「この際、武力蜂起の準備を進めると共に瀬名や信康、数正らを監視すべきかと」
「その通りだ」
元康は忠次や正信らの答えに満足しながら言った。
「カリフォルニアには母上がいる。母を人質に取られてはかなわぬ。このニューオリンズにまずは呼ぼうではないか。表向きは母に孝養を尽くしたいということにする。更に母を迎える準備を整えるということで、それなりの人数を送ろうではないか」
元康は言い、忠次や正信らも同意した。
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