第35章ー6
そんな風に家族の想いがすれ違っていること等、お互いに気が付くことなく、上里家の家族は北米に集うことになった。
どこで家族が集うか、散々に悩んだ末に上里松一が選んだのは、カリフォルニアで松平信康夫妻が暮らしている場所だった。
松平信康は織田(上里)美子の長女の徳子と結婚している。
そして、カリフォルニアは、現在では日本本国と南北米大陸を結ぶ最大の玄関口と言ってよい場所になっており、ブラジルから伊達(上里)智子が来るのにも好都合だった。
武田(上里)和子にしてもオレゴン在住なので、そんなに遠くは無く、又、久々にカリフォルニアにいる姪夫妻に和子が会えるという利点がある。
こうしたことから、カリフォルニアの松平信康夫妻の場所に、上里家の家族は集うことになったのだ。
そして、上里家の家族は松平信康夫妻の家の門をくぐってすぐに。
「お初に美子様にはお目にかかります。石川数正と申します」
「これは又、ご丁寧な挨拶を」
「いえ、松平家の面々が礼儀知らずと思われては困るので、まずは私が手本をと考えた次第」
「もう、私の母だからと言って、そこまで丁寧に挨拶しなくとも」
「徳子様、確かに貴方様の母上ですが、官位等をお考えになって下さい。完全に雲上人と言っても過言ではないお方なのですぞ」
「そうなの。私が結婚する前の家の中ではそんな感じが全く無かったけど」
「徳子、確かにそうだけど、自分の周囲の反応を考えて言いなさい」
現在、カリフォルニアにいる松平家の昔で言えば筆頭家老、現在では執事頭といえる立場になっている石川数正が、織田(上里)美子に対してまずは挨拶をし、それを傍にいた美子の娘である松平徳子が半ばからかうような遣り取りを、数正と美子、徳子の3人がまずはすることになった。
尚、松平家の面々はともかく、このやり取りを見た上里愛子は少し不機嫌になった。
上里家の家族の中で、一番に官位が高いのが美子であり、更に前尚侍という立場にもある。
(だからこそ美子が客船のプールで泳いだことだけのことが、ゴシップネタにまでなるのだが)
そのために石川数正が、主の松平信康の義母ということも相まって、まずは美子に挨拶をしてから他の上里家の面々に挨拶をするのは当然なのだが。
愛子にしてみれば、気に食わない養女の美子が、世間では家族の中で一番格上なのを見せつけられる思いがしてならなかったのだ。
それはともかく、石川数正はその後は如才なく、上里松一や愛子、更に敬子や里子に挨拶をし、それを半ば見習って、松平信康夫妻やその周囲の面々も上里家の家族と挨拶を交わした。
そして、上里家の家族は松平信康夫妻が住む屋敷にある来客用の離れに招じ入れられ、まずは松平信康夫妻と家族の団らんの時を少なからず過ごすことになった。
「船旅はどうでしたか」
「快適極まりないものでした。徳子もかなり快適だったでしょうけど、それよりも快適なのは間違いないですね。何しろプールまであって泳げましたから」
「ええ、孫までいる身で泳いだの。歳と自分の立場を考えたら」
「そうよね。私もそう考えたわ」
信康と美子がまずは話をし、徳子と愛子がくちばしを挟んだが、美子は平然としたまま、話を続けた。
「帆船時代も知っている身としては、快適すぎる程でした。私が12歳の頃にアユタヤから日本へと向かった時の航海は、本当に酷いものでした。食事は乾パンや干し肉が主でしたし、船上での娯楽も碌になくて、少しでも荒天になったら、酷い船酔いで苦しんで。今の最新の貨客船だと食事も本当に美味しいし、少々の荒天でも安定した航海を楽しめて、本当に良かったですよ」
「それは良かったです」
義理の母子の会話がまずは弾んだ。
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