第35章ー1 上里家の家族旅行と姉妹の再会
新章の始まりになります。
そもそもの発端は、内閣総理大臣選出の第1回の特別帝国議会が7月中に何とか終わったことだった。
この後の日本の主な政治日程としては、12月に入ると通常帝国議会が開催されることになっていたが、それまでは帝国議会は休会となり、その間に多くの衆議院議員や一部の貴族院議員は選挙区の支持者への御礼行脚等へと赴くことになる。
だが、織田(上里)美子は貴族院議員とはいえ、従三位の官位から当然に貴族院議員になっている以上はそんな必要が全くない身であり、更に尚侍を罷免されていたことから、暇を持て余す事態になった。
一方、夫の信長はというと、地元の選挙区の支持者への御礼行脚を休日の合間にしつつ、初代内閣総理大臣の激務に勤しむ羽目になっていた。
そういった状況から、尚侍を罷免されていることもあり、あなたの代わりに支持者への御礼行脚を私がしましょうか、と美子は信長に言ったのだが、信長としてはそれ以上に美子にやって欲しいことがあった。
「美子、久々に娘の徳子や妹の和子に会いに行く気はないか」
「それは会いに行きたいですが。余りにも遠いところに二人はいますから」
「8月を利用して、何だったら義父母らも連れて家族旅行の体で行ってきてくれぬか」
信長は美子を誘うように言った。
その言葉に美子の勘が騒ぎ出し、美子は自身の考えをまとめるために暫く沈黙した後、信長を見返しながら言った。
「年季奉公人禁止法案を次の通常帝国議会に提出するつもりですか」
「その通りだ。それで衆議院の基盤を固める。与党を続けるのなら法案に賛成しろ、反対なら与党から追放するという形で、改めて与党を固める」
「確かに野党でも移民排除、外国人の年季奉公人は禁止に賛同する政党はそれなりにありますから、与野党の入れ替えも出来そうですね。従順でない与党は追い出して、野党にするという腹積もりですか」
「いかぬか」
「いかぬ、とは申しません。所詮は衆議院でのこと、貴族院議員の私が口を挟むことではありません」
信長と美子の会話は夫婦の会話というよりも、熟達した政治家同士の会話になった。
だが、美子は釘を刺す必要を覚えた。
「弟の道平が言うように、年季奉公人禁止法案を帝国議会に出せば、植民地に動揺が奔るのは避けられません。特に北米植民地には激震が奔りかねません。その覚悟はおありですか」
「だからこそ、家族旅行の体でお前には北米に行ってきて欲しい。和子や智子らと会って、因果を含めるというと言い過ぎだが、ともかく年季奉公人禁止法案は植民地に適用するつもりはない、日本本国内に止める。だから、黙認してほしい、と予め言ってきて欲しいのだ。唯、余りに大っぴらにやると却って誤解を生む。家族旅行という偽装の上で、それとなく伝えるべきだと考えたのだ」
信長としても、それなりに考えた末なのだろう。
そのように美子に対して言葉を継いできた。
美子は少なからず悩むことになった。
夫の話はそれなりに筋が通っているし、私としても北米に行くのはやぶさかではない。
そして、足利義輝殿らへの官位授与の一件で、北米植民地では憤懣が起きており、それも宥めておいた方が良いという現実もある。
だが、和子がこれまでの経緯から、かなりへそを曲げていることを自分は知っている。
また、教如が和子の悪い影響を受けているようだ、と顕如が心配しているとの話も直に聞かされた。
表面上は笑顔で和子は自分達を北米で出迎えるだろうが、それは上辺だけで、更に和子がへそを曲げる事態が起きるのではないだろうか。
かといって、自分が行かなければ行かないで、却って問題が起こる気が。
美子はかなり悩んだ末に、両親の上里松一らにこの話をやっと持ち込んだ。
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