第31章ー14
欧州情勢に関する竹中重治の長い説明は、それで一段落した。
浅井長政夫妻や上里勝利は、その説明を聞いて少し考え込んだ。
最初に口を開いたのは長政だった。
「結局のところ、今の欧州はかなり内向きになっているというか、内向きにならざるを得なくなっているということか。大規模な戦争は東欧でリヴォニア戦争が起きている程度だ。スペインは植民地を失って様々な改革に奔走している。ポルトガルは国王はやる気になっているが、実際の国力は青息吐息。フランスは宗教上の対立等から内紛状態にある、イングランドも中小国であり、国内問題もあって自国に火の粉が降りかからないように努めるのが精一杯。ドイツ、イタリアも宗教上の対立や、オスマン帝国と日本の脅威に対応するために小康状態を保っている」
「その通りです」
重治は長政の言葉を肯定した。
「更に言えば、欧州が内向きにならざるを得ない事情があります。欧州全体に金がないというか、金が無くなりつつあるのです。それは私が商人だからわかることですが」
勝利が補足説明を始めた。
「欧州に対して、日本は大量に香辛料を売り、又、綿織物や絹織物、毛織物を大量に輸出しています。綿織物に関しては、エジプトも本格的に輸出を試みれるようになりました。この支払の代金は、必然的に金銀でなされています。そのために金銀が欧州から流出しています」
「欧州から日本やその植民地に売れる物はないのか」
「全く無い訳ではありません。例えば、それこそ蚊取り線香の原料となる除虫菊について、エジプトではセルビアから輸入しているように、欧州から売られてくる物もあります。また、欧州産の珍奇な物を手に入れたいという要望もあり、例えば、依頼人の名前は伏せますが、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画を手に入れたいという依頼を私が個人として受けたこともあります。尚、その約束は何とか果たせました。ですが、このような輸出品では日本との貿易赤字を埋めるのには、とても足りません。そのために金や銀が大量に日本に流出するのです」
長政の問いかけに、勝利はそこまで言った後、眉をひそめながら言葉を継いだ。
「もっとも有力なモノというかそんなことが欧州には全く無いのか、というとそんなことは無いのです。唯、インド株式会社は基本的に取り扱いません」
その代物について、勝利は口に出したくなかった。
口に出したら、人間としての何か、良心を失うような気さえしたのだ。
だが、それを口に出さないと何かは分からず、話が進まない。
空気を読んで、重治が口を出してくれた。
「成程、年季奉公人ですか。そう言えば、エジプトでも奴隷を原則禁止して、年季奉公人に切り替えるように指示を出していますが。イスラム教徒の間では、中々止みません。イスラム教では、奴隷制度を肯定していますから。日本の場合、奴隷制度は禁止され、その代替として、年季奉公人を本土でも植民地でも認めていますが、本土では年季奉公人も禁止しようという動きが起きています。しかし、南北アメリカ大陸等の植民地では、人手不足から旅費を年季奉公で返すという形での欧州やアフリカからの年季奉公人集めを大規模に行っている。欧州諸国の中でもイングランド等では、国民の年季奉公人による出稼ぎを国策で行っている節がある程だとか」
「その通りです。そのことについては、本当に私としては気が重い」
重治の言葉を勝利は肯定した。
そのやり取りを聞いた長政もお市と顔を見合わせて、目で会話した。
本当に事実上は日本の植民地に対して、積極的に人を売らないといけないような状況に、欧州諸国は陥りつつあるのか。
重治の言葉は、余りにも重い現実を夫婦に突き付けていた。
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