第31章ー4
「その話が真実であるという証拠というか、どういう経緯でそういった情報を入手した」
この場にいる長といえる浅井長政が、百地正永に問いただした。
「はい。私の手下の薬売りの行商人の何人かは、イングランドの首都ロンドンにも蚊取り線香を売り込み、又、他の薬も売り込んでおります。そして、ユダヤ教徒のつながりも介して、ロンドンで最近、名を高めているポルトガル出身のユダヤ教徒の医師、ロドリゴ・ロペスと密接な関係を築けました。その顧客というか、診察を受ける者の中にはイングランド政府の高位の者も少なくありません」
正永は、そこで言葉を切った。
上里勝利は素早く考えた。
伊賀衆は主に西欧で、甲賀衆は主に東欧で活動している。
これは浅井長政らの呼びかけに、結果的にだが甲賀衆が伊賀衆よりも早く応じたことが多かった経緯から生じたことで、甲賀衆は東方正教会のつながりから東欧やオスマン帝国領内で活動していることが多く、伊賀衆はユダヤ教徒とのつながりから中西欧で活動していることが多い。
百地正永や藤林家の面々が、イングランドで活動しているのも、そういった背景から来るものだろう。
そう勝利が考えている間にも、正永の言葉は続いていた。
「そういった関係から手に入った情報ですが、イングランド政府は、それこそエジプト独立戦争やジブラルタル攻防戦等から、日本が保有している蒸気船や新型の銃砲を手に入れようと画策しているようです。そのためにイングランド政府の統治下にある国民を北米に国策で大量に輸出して、国民に蒸気船や新型の銃砲の知識を学ばせて、自国でも保有しようとしているという疑いが濃厚です。更に言えば、松平元康や武田義信らはイングランド政府の考えを察しながらも、このことを黙認しているように判断されます。更に言えば、武田(上里)和子様も夫の義信に同心していると思われます」
「何と」
正永の言葉に長政はそれ以上の言葉を発せられなくなった。
長政以外のその場にいる勝利や竹中重治、お市も衝撃の余りに沈黙を余儀なくされた。
暫く全員が沈黙の時を過ごした後、口火を切ったのは勝利だった。
「正永の情報が誤っているとは言わないが、先程の情報を聞くと更に気になることがある。蒸気船や新型の銃砲を手に入れようとしているのは、イングランド政府だけか、他の欧州諸国にもそういった動きがあるのではないだろうか」
勝利としては、どうにも疑いが浮かんで仕方なかったのだ。
他の欧州諸国にとっても、蒸気船や新型の銃砲等は垂涎の的だ、自国でも手に入れようと考えない訳が無い筈だ。
「その辺りの情報は、私の手元には届いていません。ですが、その可能性は否定できないどころか、かなり高いと思われます。何しろジブラルタル攻防戦でスペイン軍は惨敗しました。それが蒸気船や新型の銃砲によることは、現在の欧州諸国の上層部では公知の事実といってよい話です。更にマルタ攻防戦やアルジェでの雑賀衆の暴挙といったこともあります。欧州諸国にしてみれば、蒸気船や新型の銃砲を手に入れて大規模な軍事面での改革を図らねば、日本に征服されるという恐怖を覚えているでしょう」
正永は自らの推測を述べ、その言葉はその場にいる他の脳裏に染み渡った。
少し沈黙の時が流れた後、
「わざわざ直に情報を伝えてくれてご苦労だった。正永は帰ってくれ、他の者だけで話し合いたい」
長政が口を開いた。
その言葉で勝利は察した。
身内だけで和子の性格を知る者を含めて、今後の事を長政は話し合いたいのだ。
「分かりました」
正永はその場を去った。
残った長政とお市、勝利と重治は車座になって、お互いの顔を見やった。
正永の情報は極めて重い代物だった。
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