第31章ー3
話がズレたので、上里勝利視点に話を戻すと。
この当時、インド株式会社のカイロ支店長に就任していた勝利は、蚊取り線香を表向きは薬の行商人になっている甲賀衆や伊賀衆に売り渡して、更に甲賀衆や伊賀衆がオスマン帝国内や欧州各地に売り歩くことでも利益を上げるようになっていた。
ちなみに日本からエジプトに招かれた甲賀衆や伊賀衆の頭領達は、表向きは薬の行商人を束ねる薬屋の主を装っている者が多い。
薬の行商人が自らを束ねる薬屋に出入りするのを怪しむ者はいない。
そして、薬屋ならば少々怪しげな代物を買っても、そう周囲が気にすることは無いからだ。
更に薬として役立つ物を売り込みに来た体を装えば、そういった者が出入りすることも怪しまれないという二重三重のカバーとしての利点が、薬屋の主にはあったのだ。
それはともかく、そういった薬屋の主をしている伊賀衆の頭領の一人である百地正永が、大量の蚊取り線香を仕入れるついでに、浅井長政夫妻の下を共に訪ねる誘いも兼ねて勝利の目の前にいた。
「浅井長政殿の御耳に入れたい情報が入って、その場には上里勝利殿もおられるべきと考えます」
「それ程の話とは何事かな」
正永の言葉に勝利は問い返した。
年齢的には百地正永の方がやや年上だが、取り扱う商売の規模等は勝利の方が大きいし、更に浅井長政の縁者(勝利の義兄の織田信長の妹のお市が、長政の妻になっている)でもある勝利の方がエジプトでの社会的地位は上になる。
だから、勝利が正永に対して上から目線の言葉になるのは、ある程度は当然だった。
「勝利殿の妹御の和子様に関わる話です。それ以上の事は長政殿と共にということで」
「ふむ」
正永の言葉に対して、表面上は顔には出さずに素っ気ない返答しか勝利はしなかったが、嫌な予感しか覚えなかった。
妹の武田(上里)和子は、北米大陸にいるのだ。
その和子の情報が、エジプトにいる伊賀衆の頭領の一人にまで届く。
余程、大きなことを妹はしたに違いない。
「良かろう。ワーリー府に共に赴き、浅井長政夫妻と共にそなたの話を聞こう」
勝利はそう言って、ワーリー府に正永と共に赴いた。
「よく来てくれた。もう少ししばしば私の下を訪ねて来てほしい」
ワーリー府では浅井長政が、勝利を自ら歓待してくれた。
「正永から極内密に私の妻や勝利殿と共に聞かせたい話があると、事前に知らせがあった。嫌な予感がするので、竹中重治をそのために呼んでおる。5人で話を聞こうではないか」
長政はそう言って、一室に勝利と正永を導いた。
「最初に申し上げておきます。この情報は同じ伊賀衆の頭領の一人、藤林殿も確認されております。従ってかなりの確度で正しいと推察されます」
「ふむ」
正永の言葉に、長政は軽く肯きながら言った。
「して、その情報とは」
「はい。北米にある日本の植民地が欧州諸国に蒸気船を売ろうとしているという疑惑が生じました。しかも、かなりの上層部が関わっており、その一人として武田(上里)和子の名が浮かんできたのです」
「何」
正永の言葉に、思わず勝利が口を開いてしまった。
他の3人も顔色を急変させている。
蒸気船、それは日本のみが現在は保有している技術であり、そのために日本本土及び植民地でしか蒸気船は建造されていない。
勿論、蒸気船といっても、「皇軍、来訪」以来を考えても徐々に進歩しており、日本で自力で蒸気船を建造した当初は帆装を残した機帆船が基本だったが、日本本土で作られる最新式の船では石油と石炭を混焼できる機関を搭載して、帆装を完全に廃止した船が当たり前になっている等、大きく変わってはいる。
だが、蒸気船を日本から外国に売るのは未だに厳禁になっているのは間違いない。
ご感想等をお待ちしています。




