第5章ー5
「そして、古参兵を除隊して、教職に付けましょう。教職と言っても、子どもを教えるだけではなく、民も教えることになりますが」
「民を教えるだと」
小沢治三郎中将の言葉を、すぐには、山下奉文中将は理解できなかったが。
「天皇陛下のお言葉に背かれるのですか。天皇陛下は、民を救えと仰られたではありませんか」
「確かに仰られたが、どう関連しているのだ」
小沢中将の言葉に、山下中将はいわゆるピンときていない状況だった。
「我々の一般的な知識ですよ。それこそ、例えば、備中鍬等の多くの農具が、この時代には発明、普及していないのです。このような農具が普及すれば、農業生産は増大します。他にも連作障害を避ける方法や、肥料等の使用法、更に我々が持ち込んできたジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ等々、こういった作物が普及して、その活用法等を知って、更にそれを活用すれば、民は救われます。そのことを我々は民に教えるのです」
小沢中将のやや長広舌が、山下中将の脳裏に徐々に染み渡った。
「そうか、そうすれば」
山下中将は、ようやく頭が回り出した。
この時代の主な産業は農業だ。
従って、農民が豊かに暮らせるかどうかが、民が豊かになっている指標と言っても過言では無い。
我々の様々な知識を、農民に伝えれば、農民は豊かになり、当然、民も豊かになる。
「そして、読み書き計算が普及すれば、民も利点が更にわかるようになり、ますます民は豊かになります。そして、民が豊かになれば、人口も増大していくことになります。仮に毎年2パーセントずつ人口が増大していけば、100年後には約7倍に、200年後には約50倍に日本人は膨れ上がります。そうなれば」
そこまで考えを進める内に、小沢中将自身も、その結果に絶句せざるを得なかった。
この頃の日本人は、約1000万人程しかいなかった、と聞いたことがある。
だが、100年もすれば、つまり、1640年頃には日本の人口が約7000万人に、更に、その100年後の1740年頃には日本の人口が約5億人に増大する可能性があるのだ。
そんな人口を養えるだけの土地がどこにある、といわれるかもしれないが、今から南北アメリカ大陸とオーストラリア等を日本が抑えれば、それだけの人口を養うことは十二分に可能だろう。
そうなれば、18世紀半ばには、世界人口の3分の1が、日本人で占められる事態が招来するだろう。
これは、あくまでも理想に基づく、半ば空想の産物に過ぎないが。
だが、決して不可能な話ではない。
何しろ20世紀の医療知識等々も、我々は伝えることになるのだ。
それこそ一般に衛生観念が広まるだけでも、病気の罹患率は十二分に下がり、多くの乳幼児や健康弱者が助かるようになり、それによって、人口は増大していくのだ。
そして、現状では未開拓の南北アメリカ大陸とオーストラリア等は、我々が植民し、開拓を進めることによって、それを現実にするだけの可能性を秘めている。
だが、それは余りにも先の話で、我々が見られる未来ではないが、それでも。
「天皇陛下のお言葉に従い、日本の民を救って豊かにする一筋の路ではあるな」
そんなことを想いながら、小沢中将自身が絶句していると、山下中将は、そう言葉を絞り出し、更に心からの言葉を継いだ。
「本当に我々は色々と忙しくなりそうだ」
「しかし、その忙しさこそ、本望ではないのですか」
「全くだな」
小沢中将の少し諧謔を込めた返答に、山下中将は面白みを感じて続けた。
「太政官制度等、色々と問題も多そうだが、陸海軍の対立を棚上げして頑張るしかないか。何しろ天皇陛下のお言葉があるからな」
「私も頑張ります」
二人は、思わず笑い合って言っていた。
年2パーセントの人口増大について多過ぎだとか、それで100年間で7倍に増えるの?という疑問が巻き起こりそうなので、少し補足します。
まず、世界での人口率の増大がピークだったのは、1960年代後半の5年間で、この頃、世界人口は年2パーセントで増えています。
更に最新の世界の国別人口率増大によれば、年4パーセント台の事例もあります。
だから、そうしたことから考える限り、年2パーセントの人口増大は無理な数字ではありません。
更にこの年2パーセントは、いわゆる複利計算で増えて行きます。
だから、100年間で約7倍の人口増大がもたらされる、という計算が成り立ちます。
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