第30章ー14
もっとも織田(上里)美子が尚侍を罷免されたと言っても、散位としての処遇は保障されたし、貴族院議員の立場もそのままだったので、それなりどころではない立場であることにそう変わりは無かった。
その一方で、今上(正親町天皇)陛下は、美子を尚侍から罷免した翌日、近衛前久前太政大臣を呼び出して、直に説得を試みた。
近衛前太政大臣は、二条太政大臣の側近に最近はなっていた織田(上里)美子が尚侍を罷免されたことを聞き、これは自分が初の内閣総理大臣に成る前兆と考えており、喜んでこの呼び出しに応じたのだが。
今上陛下との会談で、その考えは打ち砕かれることになった。
今上陛下は開口一番に言った。
「内閣総理大臣には織田信長を指名する。そなたはその線で貴族院を取りまとめて欲しい」
「えっ」
思わずそう絶句し、近衛前太政大臣は自分の顔色が変わるのが分かった。
暫くお互いの沈黙の時が流れた後、近衛前太政大臣は言葉を半ば絞り出した。
「一体、何故に」
「衆議院選挙という国民の意思を無視する訳には行くまい。更に言えば、衆議院議員の過半数が織田信長支持でまとまった、という情報が朕の下には届いておる。このままでは衆議院と貴族院の対立という事態が起こりかねん。そういった状況を考える程、そなたは身を引くべきだ」
今上陛下の言葉は、少なからず冷徹に響いた。
「私が初の内閣総理大臣になれないというのは納得できません」
近衛前太政大臣は改めて抗議した。
「それでは衆議院の過半数を確保できる目途が立つのか」
「それは」
近衛前太政大臣は答えに窮した。
実は近衛前太政大臣は計算違いをしていた。
いきなり、今上陛下が摂家以外を内閣総理大臣に指名するとは全く考えていなかったのだ。
一条内基と手を組み、二条晴良を追い落とせば、今上陛下は自分を内閣総理大臣に指名するだろう。
そうすれば、織田信長らの衆議院議員の多くが自分を内閣総理大臣にすることに同意するだろう。
そう近衛前太政大臣は楽観視していたのだ。
ところが、今上陛下は織田信長を内閣総理大臣に指名すると言っている。
そうなったら、織田信長は意気揚々と衆議院各派に空手形を乱発してでも多数派を形成するだろう。
自分は衆議院では多数派工作をしていないので、衆議院を獲得できる可能性は低い。
そうなっては面子が丸潰れになり、摂家筆頭の近衛家当主が、と各方面で陰口を言われかねない。
自尊心の高い自分には耐えられない、近衛前太政大臣はそこまで考えた。
今上陛下は、近衛前太政大臣の考えを見透かしたように言葉を継いだ。
「摂家に人がいない場合、清華家から太政大臣を選んだことは古来、何度もある話だ。織田信長は、清華家でも家格の高い三条家の当主代行である美子の婿ではないか。しかも、美子を三条家の当主代行に推挙して公家社会に認めさせたのは、そなたではないか。そなたが美子の婿の信長を高く評価したこともあって、美子を三条家の当主代行に自分は推挙したのだ、と言えば、貴族院内の流れも大きく変わるのではないかな」
反論できぬ。
近衛前太政大臣は、今上陛下の論理に舌を巻かざるを得なかった。
自分は織田信長を高く評価していたので、織田信長を初代内閣総理大臣に推挙する、と自分に言わせようと今上陛下は仰せになっている。
更にそう自分から言えば、織田信長に多大な恩を着せることが自分はできる。
それに清華家の当主代行の婿なのだから当主と同等と言い張れば、内閣総理大臣になってもおかしくない家格なのは仰せの通りとしか、言いようがない。
暫くの逡巡の後、
「仰せの通りに貴族院をまとめましょう」
近衛前太政大臣は、最終的には今上陛下にそのように奏上せざるを得なかった。
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