第5章ー4
「銃に関しては、前装式ライフルで当面は我慢するとして、それ以外の装備はどう考えている。例えば、蒸気船は、何時頃に建造できると考えている」
半ば不貞腐れている山下奉文中将は、小沢治三郎中将に反問した。
「厄介なことを聞かれますな」
小沢中将は、暫く黙考した。
「蒸気船を建造するとなると、蒸気機関の製造は不可欠です。勿論、それこそ皇軍の艦船の書棚を探れば、蒸気機関の製造自体は可能でしょう。それなりの書籍があるでしょうから」
そこで、小沢中将は言葉を切った。
「問題は、それを量産化できるか、という点です。それこそ、日本古来のたたら製鉄で、そう鉄を量産する訳には行きませんからね。高炉、反射炉を実際に建造して、鉄を量産できるようにする。他の金属も同様に我々の知識や技術を駆使して量産できるようにしなければ、蒸気機関の量産も困難でしょう」
山下中将は、小沢中将の返答に気が遠くなってくる想いがしてきたが、敢えて聞かざるを得なかった。
「結局、何年掛かると思っているのだ」
「早くて3年、恐らく5年は、スクリュー式の蒸気船、それも木造で帆走併用という形式にならざるを得ないでしょうが、を建造するのに掛かるでしょうな」
小沢中将は、肩をすくめるかのようにしながら言った。
「外輪式でよいのなら、もう少し早くできるかもしれませんが。問題は、我々は軍艦を作らねばならない、という点です。外輪式では、砲撃等で外輪が壊されるリスクが高すぎる。スクリュー式を採用しないと軍艦としては使いにくいのです」
小沢中将は、更に付け加えた。
「そんな感じで武器等の製造が行われるということは」
山下中将は、更に頭が痛くなってきた。
「大砲も、鉄製では最初は出来ないということか」
「その通りです。明治初期の四斤山砲等でさえ、青銅製でしたから、現在の日本では、青銅で作るしかないでしょう。それが現実というものです。ライフリングが施されていますので、この当時の欧州の大砲を圧倒できるのは間違いないですが」
小沢中将は、現実的観点から、更に自らの主張を補足した。
山下中将は、唸り声をあげざるを得なかった。
「兵器等に関しては、気が滅入るばかりですから、他の事を話しませんか」
小沢中将は、山下中将に話を振った。
「何の話をしたいのだ」
「通貨の話です」
小沢中将は、あらためて言った。
「通貨だと。今、日本の国内では、明から輸入した銭や、昔、宋から輸入した銭、更に日本各地や明で作られたいわゆる私鋳銭が入り乱れて流通している有様だが」
兵器のことに気を取られていた山下中将は、あらためてそのことを想い起こしていった。
そういえば、主計科士官等が、撰銭のことを言っていた。
日本経済のことを考えれば、通貨が安定しないと言うのは、色々な意味で困る。
通貨が安定しないと、国内の物資の流通も安定しない。
更に当然のことながら、海外との交易も円滑に進まない、という事態が招来されてしまう。
「足利幕府が倒され、天皇親政が始まったことを証明し、天下に知らしめるものとして、新通貨を鋳造することにしましょう。取りあえずは、銅銭を鋳造し、その後、銀貨、金貨を鋳造します」
「逆の順序が良いのではないか。むしろ、金貨、銀貨の鋳造の方が優先のように思えるが」
「いえ、庶民に天下の主が変ったことを知らせるという観点からすれば、銅銭の方が優先されるべきです。日常に使われる通貨が、朝廷が作ったものとなり、更にそれのみが日本国内では基本的に流通するとなれば、庶民に与える衝撃は大きく、朝廷が天下を治めているという意識を植え付けることになります」
小沢中将は、山下中将を懸命に説得しようとし。山下中将は成程と唸った。
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