第5章ー3
その後も、様々な御下問が帝、今上天皇陛下から行われ、山下奉文中将と小沢治三郎中将は、それへの返答を苦慮しながら、行う羽目になった。
だが、その一方で。
二人共に、帝、今上天皇陛下が清廉であり、民のことを心から想っておられることに感泣した。
3年前に疫病が流行した際には、疫病が治まることを願う余り、帝が自らの寝食を削って費用を捻出して、更に自ら般若心経を金泥で筆写し、24の国の一宮等に納められたと二人共に聞いてはいた。
また、朝廷が貧窮していることから、即位式が中々できなかったのだが。
即位式のための献金をする代わりに、官位等を与えるように大内氏が言ってきた際も、そのような献金は受け取れぬ、と帝はかなりの難色を示されたとも聞いてはいた。
だが、本当にそこまでのことを、と二人共に思っていたのだが、帝はその通りである、と認められたのだ。
ここまで、民のことを想われ、また、清廉な君主等、今の世界を見回しても、そうおられはしまい。
部下の将兵達も、この話を聞けば感動して、今の帝のために身命を賭す気になるのは間違いない。
だが、その一方で。
「大政奉還を受けていただけることは決まったが、その後が本当に大変だな」
「関白の近衛植家を始めとする公卿達は、国政を担う覚悟が全く無かったようですしね」
「とはいえ、我々とて国政を運営できるか、と言われると、そう自信は無いぞ」
「取りあえず、我々と公卿達が協力して国政の混乱を避けつつ、上層部として頑張るしかないのでは。そして、現場に関してはそれなりの官僚が育つまでは、現状を追認して改革していくしかないと考えます」
「確かにそうだろうな」
山下中将と小沢中将は、帝の前から下がった後、宿舎で額を寄せ合って話し合う羽目になっていた。
「太政官制度を本格的に復活、機能させることにして」
「まずは、私戦停止と廃城令でしょうね。それによって、日本国内の武士達の紛争を終わらせ、内戦を速やかに鎮圧できるようにするのが、最優先でしょう」
「それに従わねば、皇軍が討伐するか」
「ええ、まずは西国を優先して行い、畿内から九州を抑えます。その後、東国へ向かうことになります」
「どれくらい掛かると考える」
二人は、更に具体的に考え出した。
「まずは、武器弾薬を自給できるようにせねばならないでしょう。火縄銃を試作させ、その経験を積ませたうえで、更に前装式ライフルを量産化して、我々の主装備としましょう」
「前装式ライフルということは、ミニエー銃、エンフィールド銃ということか」
山下中将は、余りの旧式な装備に顔をしかめざるを得なかった。
だが、現実問題として。
「いきなり、例えば、三八式歩兵銃の量産化等、夢を見るにも程があります。更に弾薬を量産する必要もあります。そうしたことからすれば、前装式ライフルを主装備にするのは止むを得ないのでは。そもそも、今の日本には火縄銃さえも作った経験者はいないのですよ」
小沢中将の半ば諫言に、山下中将はその余りの正論に無言のまま、半ば不貞腐れるしかなかった。
「弾薬の量産にしても、今の日本では硝石が無いと言っても過言ではありません。硝石丘法を駆使して、硝石を量産化するとなると、5年は掛かります。それまでの間は、明やシャム等からの輸入に硝石は頼らないとどうにもならないのですよ。硝石が無いと火縄銃すら撃てません」
小沢中将は、戦国時代に日本人が海外に売られたのは、硝石を輸入するためだったという俗説までも想い起こさざるを得なかった。
そういったことを考える程、色々と頭の痛い事態が多い。
これは上里松一中尉を酷使しないとどうにもならんな。
そんなことが小沢中将の脳裏に過ぎってしまった。
ここで前装式ライフル云々が出てきますが、あくまでも当面、5年以内に目指すべき装備です。
ですから、20世紀知識に基づく技術の進化により、徐々に日本軍の装備は変化していき、例えばですが、16世紀中には自動小銃を、日本陸軍歩兵は制式装備に(できたらいいな)と考えています。
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