第1章ー5
「その根拠は?」
山下奉文中将が、説明を求めた。
「数々の航空偵察の結果、フィリピン群島に関しては、ほぼ地形的に間違いないことが確認できました。マレー半島方面の航空偵察も、地形的に変わりはないことを肯定しています。
それらの情報を合わせると、今、我々がいる場所は、地球、我々の世界であると推測されます。少なくとも、我々が偵察できた範囲内はです」
近藤信竹中将は、予め頭の中で説明を整理していたのか、そこで、一息入れた。
「その一方で、シンガポール島には、精々がいわゆる村程度の集落が複数しか見当たりません。
むしろ、マレー半島のマラッカに大規模な集落、港がある有様です。
そして、マニラにしても、村というにはやや大きい集落、港こそありますが、人口規模は、航空偵察に基づく推測になりますが、都市というには程遠い、精々1万人に満たない程の小規模なのです。
更に宗教の問題がある。
キリスト教が、フィリピン、マニラに伝来しておらず、イスラム教が広まっている。我々が、地球にいるとして、そのような時代となると、14世紀後半以降、16世紀半ば以前になります」
近藤中将は、一旦、長い説明を終えた。
「もし、それが本当ならば、今の日本は、吉野朝時代から戦国時代辺り、ということか」
山下中将が発言し、近藤中将は肯いた。
その言葉を聞いた瞬間、近衛師団長の武藤章は、顔色を変えて発言した。
「天皇陛下をお救いせねば。今、陛下は、実権を奪われ、財政的にも困窮しておられる筈」
近衛師団長が発言したこともあり、周囲の陸海軍の幹部のほとんどが、その言葉に大きな衝撃を受けた。
実際、その通りだ。
もし、我々が過去のその時代に来ているのならば、速やかに天皇陛下の下に、我々は馳せ参じるべきではないだろうか。
そして、天皇陛下の為に戦い、御宸襟を悩ましている逆賊ども、足利氏ら、武士共を討ち、大日本帝国の国体を回復せねばならない。
それこそが、天皇陛下の為に戦う皇軍の務めではないだろうか。
特にこの場には、近衛師団がいるのだ。
天皇陛下の下に、速やかに赴き、近衛師団は、御宸襟を安んじ奉る必要がある。
例え、時代が変ろうとも、それこそが近衛の、皇軍の務めの筈だ。
だが、この中で、もっとも現状に通暁している近藤中将の顔は渋いままで、発言した。
「私もその可能性が高い、とは思います。ですが、確認のしようがない。何しろ、無線通信で連絡が取れるのは、我々同士だけで、日本本土との連絡は途絶しています」
「そんなもの当たり前だろうが。戦国時代に、無線通信があるか。行くしかないだろうが」
近藤中将を、武藤中将は半ば罵倒したが、その言葉に我に返る者もいる。
「つまり、行くのはいいが、行ってみたら、日本本土が無い可能性もあるということか」
頭脳明晰で知られる小沢治三郎中将が言い、更にその言葉は、周囲に衝撃を与えた。
確かに否定できない。
我々が過去にいるらしいのは確かだが、自分達の周囲だけが、過去にいる可能性もあるのだ。
見える範囲以外の陸地がどうなっているのか、今の我々には確かめる術が、極めて限られている。
それに、もしも、日本本土が無ければ、我々は根拠地を失った存在に陥ってしまうのだ。
余りの衝撃に、その場にいる陸海軍の幹部達の間に、重い沈黙が垂れこめた。
自分の気持ちを切り替えるためもあり、山下中将が沈黙を破って、発言した。
「そもそも、我々は今、どれだけいるのだ。近藤さん。お互いに把握、掌握している部隊について、情報を交換して、共有しませんか。日本本土が、もしも無ければ、どこかで我々は自活することを考えねば」
「その通りですな。私も同感です」
近藤中将も、肯きながら同意した。
そんな筈はないだろう、と言われそうですが。
いきなり過去に飛ばされ、世界の状況が分からない状況で、自分達が単に過去に飛ばされただけだ、と考えられる人がどれだけいるでしょうか?
自分達とその周囲だけが、過去にいるのでは、と疑心暗鬼に囚われる気がします。
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