エピローグー4
少なからず話が先走るが、この永賢尼が亡くなったという連絡というより情報がエジプトに届いたのは、5月に入ってからの話になった。
コロンボまでは海底電信網を介して、すぐに日本本土から情報が届いたのだが。
そこから先、エジプトに情報を届けるのには船を介して届けるしかなかったからだ。
そして、コロンボからエジプトまで幾ら汽船が不定期で運行されているとはいえ、それなりの時間が掛かるのは止むを得ない話だった。
「そうか、義兄の織田信長殿の義母の永賢尼様が亡くなられたか」
「ええ、永賢尼様と美子義姉さんとは色々な行き違いからしっくり行っていませんでしたが、義弟の勝利とは仲の良い母子でした。それなりの金を包んで贈るべきでは」
「そうだな。そうしよう。それから、エジプトの特産品を何か併せて贈ろう」
その情報を聞いて、そんな会話を浅井長政とお市は交わした。
「それにしても、海底電信網を日本からエジプトにまでつなげたいものですね。そうすれば、日本本土からの情報がすぐに届くようになるのに」
お市は少し愚痴った。
「そのことだったら、後、数年も経たない内に実現する筈だ」
長政はそうさりげなく言い、虚を突かれて、お市は目を丸くした。
「今回の(エジプト独立)騒動の反省から、コロンボからエジプト、更にマルタ、ジブラルタルを海底電信でつなぐ計画が実働しつつある。何しろエジプト、マルタは事実上は日系勢力の手に落ちたしな。また、騒動が起きないように、支線をオスマン帝国の首都コンスタンティノープルとつなぐのはどうか、という提案も日本とオスマン帝国と双方から声が挙がっているらしい。だからな」
それ以上の言葉を長政は話さなかったが、言外の意味はお市に通じた。
「そうなったら、本当に世界中の情報がそう日を置くことなく、伝わることになりますね。そうなったら、行き違いから来る騒動や戦争は減るでしょうね」
長政の言葉を聞いて、お市は夢見るような口調で言った。
その言葉に長政は無言で肯いたが。
それに水を差す人物が現れた。
「確かにそうですが、それはそれで気が抜けません」
竹中重治が浅井夫妻のいる場に現れるなり言ったのだ。
「竹中、それは間違っていないが、妻の心配を増すようなことを言うべきではない」
「そうは言われますが、私の言葉に賛成したのも事実では」
「まあ、そうだが」
「一体、私の知らないところで何をされているのです」
夫と竹中のやり取りに不穏なモノを覚えたお市は口を挟まざるを得なかった。
「ええ、後藤賢豊殿らに紹介状を書いてもらって、甲賀や伊賀の忍びを大量に呼ぶことになりました」
竹中はさりげなく言ったが、その内容に忍びにあまり詳しくないお市でも驚愕した。
甲賀や伊賀の忍びといえば、日本国内の忍びでも最精鋭を争う存在だ。
それを大量に呼ぶとは不穏極まりない話ではないだろうか。
驚愕の余りにお市の顔色が変わったことを察した長政は弁解を始めた。
「このエジプトの地は宗教上の対立がある地だ。更に言えば、宗主国のオスマン帝国との関係にも気を遣わざるを得ない。そうした状況にある以上、国の内外に諜報活動を行わざるを得ない。そして、それに強い面々は誰か。更に誰を呼べばよいのか、となるとな。甲賀や伊賀の忍びを呼ぶのが最善と考えたのだ」
夫の長政の言葉に道理があるのは、お市も認めざるを得なかったが、どうにも不穏な感じを覚えざるを得なかった。
「オスマン帝国に知られた際に誤解を招かねば良いのですが」
お市はさりげなく不安を訴えた。
「確かに誤解を招く恐れはある。しかし、エジプトのためにはやった方が良い」
そう浅井長政は妻のお市に言った。
その言葉に竹中も深く肯いて同意した。
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