第26章ー8
そして、7月中旬に大坂港を出た「三笠」はトリンコマリーにて「高千穂」と合流することになった。
トリンコマリーを出航した「三笠」は、7月末に「高千穂」を随伴艦としては古スエズ運河を通航し、アレクサンドリア港に投錨した。
(尚、この際に乃美宗勝大佐は冷や汗をかきながら、古スエズ運河を通航する羽目になった。
「三笠」の艦幅等から古スエズ運河を通航できると判断されていたが、実際にはギリギリで、随伴艦「高千穂」の見張り員までもが「三笠」は座礁するのでは、と危惧し続ける有様だった)
アレクサンドリア港に着いた近衛前久太政大臣は、まずは織田(上里)美子に停戦の勅命を伝えさせた後、浅井長政らと面談した。
流石にオスマン帝国への特使として近衛前久太政大臣が自ら赴き、更に別途、停戦を命ずる勅使まで派遣された事態に、浅井長政も動転して停戦を受け入れることにはすぐに応じたが。
今後のことについては、そう容易く話が前に進むわけが無かった。
美子は信長をお市の下に行かせ、近衛太政大臣と浅井長政の面談には自分一人が立ち会うことにした。
信長にはお市から本音、裏の希望を聞いて欲しい、と言い含めて、美子は送り出した。
信長と長政は義兄弟だが、お市の結婚の経緯から信長は長政を嫌っている。
近衛太政大臣と長政の面談に、信長を下手に同席させては信長がいらぬ口を挟んで、事態がこじれる危険が余りにも高すぎた。
信長は余りいい顔をしなかったが、美子が兄妹水入らずで本音を聞くのが事態解決の最善手です、という説得に渋々応じてはくれたのだ。
さて、先に信長とお市の会話を描くが。
お市の傍には前田利家夫妻が立会人としており、完全な兄妹水入らずとはならなかった。
これはお市が、兄が強引に自分をエジプトから連れ戻すのではないか、と警戒したことからだった。
このために兄妹水入らずを期待していた信長は、いきなり喧嘩腰の口調になってしまった。
「お市、本音を申せ」
お市も兄に似て気が強いので、兄の口調にムッとして言葉を返した。
「私は夫の長政殿らと共にエジプトの土となる覚悟です」
「エジプトの土になるだと、日本に帰らぬというのか」
「その通りです」
「馬鹿なこと言うな」
かくして売り言葉に買い言葉、兄妹の口喧嘩が始まりかけた。
慌てて前田利家夫妻が双方を抑えようとする羽目になり、利家に至っては信長を羽交い絞めにして何とか迎えた後、小一時間の間を空けて前田利家夫妻が兄妹双方の頭が冷えたのを確認して、改めて話し合いが始まる事態となった。
「ともかく、夫を始めとして、旧近江衆を中心に多くの日本人がエジプトに根付いています。今更、日本に帰れ、と言われても帰る気のない日本人ばかりです。オスマン帝国に対して反乱を起こした以上、単にオスマン帝国の統治下にエジプトが戻っては、多くの日本人が迫害され、命を失います。私に夫や彼らを見捨てろ、というのですか」
お市は懸命に兄に説いた。
「うむ」
信長にしても、妹の情理を尽くした言葉に肯かざるを得なかった。
「だからこそ、エジプトの内政を夫らに任せて欲しいのです。何でしたら、少しならオスマン帝国中央政府への納税、貢納額を現在よりも増やしても構いません」
「ふむ。2割増しで手を打てるか」
「それでしたら、ギリギリ可能かと」
お市とのやり取りは、信長に事態打開のヒントを与えた。
「よし、分かった。兄に任せろ」
「兄より姉上の方が頼りになりそうですけどね」
胸を張って言う信長に、お市は横を向いて呟いた。
信長はムッとしたが、現実に美子の方がこの件に関しては力があるのは間違いない。
「美子にも協力させる。安心しろ」
信長は忸怩たる思いで、更なる言葉を紡いだ。
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