第1章ー4
「何故に、そう想われるのか、根拠を教えていただけますか」
第25軍の参謀長、鈴木宗作中将が、声を挙げた。
「まず、これをご覧ください」
近藤信竹中将は、航空偵察によって得られた写真を、何枚も示した。
その場にいる陸海軍の将官、特に山下奉文中将以下、陸軍の将官全員が、その写真を見たが、すぐには違和感に気付かなかった。
だが、近藤中将の次の説明に、その場にいる陸軍の将官のみならず全員が、顔色を変えた。
「これらは、マニラ市がある筈の場所の写真ですが、キリスト教の教会が見えない一方、イスラム教のモスクが複数見えます。これが、どういう意味か、分かりますか」
「ちょっと待ってください。マニラというか、フィリピンはキリスト教、カトリックの信徒が多い筈では」
本間雅晴中将が、まず声を挙げた。
「そもそも、その情報を、我々陸軍に秘匿し続けていたのは何故ですか」
「いや、陸軍のみならず、南遣艦隊長官たる私でさえ、この情報は初耳です」
更に小沢治三郎中将までも、暗に情報を秘匿した近藤中将を非難した。
この二人の言葉に、近藤中将の表情は、更に苦悩に満ちたものになったが、取りあえずは説明が優先であると腹を括ったようで、言葉を更につなげた。
「おっしゃられることは、ごもっとも。余りにも信じ難いことで、全ての陸海軍の将官が集ったこの場で発表すべきである、と考えたのです。下手にこの複数の写真のみで、自分の考え、憶測を先に発表しては、逆に信じてもらえなくなる怖れがある、と私は考えました」
「確かに否定できないが、先に教えていただきたかった」
近藤中将の言葉に、そう山下中将は言いつつも、近藤中将を睨み、暗に更に説明を続けるように促した。
近藤中将は俯きつつも、更に言葉を紡いだ。
「イスラム教のモスクはあるが、キリスト教の教会は無い。これは、空母「龍驤」の艦攻1機が、危険を冒したうえで超低空偵察飛行を敢行したことから、判明したことです。実は、艦上機の搭乗員も、余りにも異常な状況にあることから、徐々に偵察飛行に行っている間に、母艦が消えているのでは、と不安を高めつつあり、出撃を躊躇いつつあるのです」
近藤中将の言葉に、その場にいる将官全員が唸らざるを得なかった。
帝国陸海軍の軍人たる者云々、と叱り飛ばしたいが、いきなり、月の満ち欠け、更に位置が変わるという超異常事態下に自分達はいて、更に日本本国と連絡は取れず、更に無線通信等の傍受が一切できないし、連絡を取れるのが、一部の日本帝国陸海軍の部隊のみ、という現状があるのだ。
こうした現状下に遭って、艦上機の搭乗員が、積極的に出撃したがる訳が無い。
そうこの場にいる面々が考える間にも、近藤中将の説明は続いていた。
「なお、この超低空偵察飛行は、マニラ市街に対して行われました。それで得られた複数の航空写真、及びそれ以外に対しても行われた航空偵察の結果を踏まえて、私は、参謀達と会話を繰り返し、更に歴史に詳しい、と半ば自称する部下の将兵にも意見を聞いて、確信したことがあります。
それは、少なくともフィリピン群島、及び我々が航空偵察で地形を確認できた世界は、我々の過去の世界であり、早くとも14世紀後半以降で、16世紀半ば以前の公算大、ということです。
この現状を踏まえて、我々は行動しない訳には行きません」
近藤中将は、この場にいる海軍の最高司令官として、そう断じて見せた。
その言葉に、以前から頭脳明晰で知られている海軍の小沢中将でさえ、固まってしまった。
陸軍の山下中将らに至っては、余りにも予想外の発言に、陸軍の将官同士で、お互いの顔を見合わせ、すぐには反論等の言葉が出ない有様に陥ってしまった。
文中にマニラ市街という言葉がでてきますが、規模から、厳密に言えばマニラ集落、村落が正しいです。
しかし、私が書いてみて、何だかしっくり来ないので、敢えてマニラ市街と書いています。
ご感想等をお待ちしています。