第24章ー2
だが、上里勝利の意見は身内の中でも通らない現実が起きていた。
「お前の言うことは分かるが、この際、エジプトを日本の影響下に置く独立国にしても悪いことは無いどころか、日本の国益に叶う話ではないか」
勝利にしてみれば、いつか外務省内で出世してカイロ領事として赴任してきた宇喜多直家は、妹婿になる勝利にそう言う有様だった。
「しかしですね。オスマン帝国は日本にとって最大の同盟国ですよ。エジプト独立ということは、オスマン帝国と敵対することになりますが」
勝利は義兄を諫めたが、直家は勝利を突き放した。
「エジプトの住民内でも縁者の浅井長政夫妻の人気は高い。この状況に乗って、エジプト独立を果たす。そして、スエズ運河を完全に日本が握る。それが日本にとって、国家百年の大計になる」
勝利がそれとなく調べてみたところ、エジプト独立に加担するつもりで、そもそも外務省内で運動した末に直家はエジプトに来た節が濃厚だった。
エジプト独立という功績を挙げて、外務省幹部に抜擢されようと直家は考えているようなのだ。
そのために領事館にいる黒田孝高を関係各所とのつなぎ役として密かに重用している。
孝高自身もかなりの野心家のようで、元をたどれば播磨の国人で赤松家の陪臣だったようだが、このまま播磨で郡役所や国衙で出世するよりは、国の官僚として出世しようと考えて高校を卒業した後、外務省に入省したらしい。
そこで、出身が隣国同士(直家は備前出身)であるとの縁もあって直家と面識が出来て、孝高はエジプトに共に赴くことにしたらしい。
更に何を想ったのか、ここで孝高は東方正教徒に改宗までしている。
エジプトで東方正教の教えに触れた際に感動して、孝高は改宗を決断したとのことだが、勝利の見る限りは偽装とまでは言わないが、その方が利益になると考えて改宗した節が濃厚だった。
何のための利益か。
それは言うまでもなく、エジプトの住民や浅井長政夫妻らとの間の自然な接触のためだ。
エジプトに溶け込むためもあって、浅井長政夫妻を筆頭に東方正教徒になっているエジプト在住の日本人はそれなりにいる。
同じ東方正教徒同士で語り合うために会っていた。
オスマン帝国内で治安対策に当たっている密偵等も、特に不自然に思わない接触方法だろう。
だが、勝利は以前に日本に帰国した際に、養父の上里松一から史実で何があったのか、絶対に書いて残すな、記憶に止めろ、という厳重な警告を受けた上で聞いた宇喜多直家と黒田孝高の史実の所業を聞いて、頭の片隅に残している。
妻の宇喜多氏にも話していないことだが、勝利ならずとも背筋が凍った。
自分の義父や娘婿、妹婿まで殺すとか、天下人の軍師とまで謳われたとか、自分の胸中に止めていることだが、史実での二人の所業には勝利ならずとも、誰でも背筋が凍りそうな所業が多々あった。
史実では同時代屈指の謀略家の直家に、天下人の軍師と謳われた孝高が手を組んでエジプト独立の策を練っている。
オスマン帝国との同盟維持、エジプト独立反対こそが正しい、と勝利は考えているが。
直家と孝高コンビ相手に、自分が勝てるか、というとどうにも疑問がある。
せめてもの方策として、浅井長政夫妻にエジプト独立の際には神輿にならないように、自らが働きかけるしかないのだろうが。
勝利はそのように考えたが。
勝利の打つ手は、この件に関しては後手後手に回り続けた。
というか、余りにも相手が悪すぎた。
木下藤吉郎(豊臣秀吉)と蜂須賀小六のコンビに、宇喜多直家と黒田孝高のコンビである。
それに加えて、浅井長政夫妻の周囲には竹中重治や、それ以外にも織田家や浅井家所縁の面々がこの件では何人も肩入れしていたのである。
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