プロローグー4
上里松一が永賢尼を見舞ってから数日後、ブラジルにいる小早川道平は実母の永賢尼の病状が思わしくないという日本本国からの電報による連絡を受けて慌てふためいていた。
父であり上司でもある松一からは代わりの者が到着次第、日本に帰国するように自分に指示があった。
しかし、現実はというと。
「帰国しろ、と言われても。かと言って、母に万が一のことがあった時は、傍にいてやりたいし」
「そうですね。私や姉の和子は今更、日本に帰って母を看取ることはできませんから。せめてお兄様達が母を看取るべきです」
昨年9月、待望の男児(後の政宗)を産んだ伊達(上里)智子と小早川道平は会話を交わした。
智子は夫の伊達輝宗と共に完全にブラジルに腰を据えており、天然ゴムを採取する大規模農園を経営することでそれなりの富を築きつつあった。
だから、幾ら実母の具合が悪いからと言って、まだ飛行機が無く、船しかないこの時代にブラジルから日本に智子が向かう等、夢物語にも程があった。
だから、智子は日本には向かえない。
しかし、道平も日本にすぐに向かえるか、というと、それこそ父からの指示にあるように、後任者にそれなりどころではない引継ぎをした上でないと日本には向かえないのが現実というモノだった。
何しろ、道平の任務も多岐に亘っている。
天然ゴムの買い付け、と言いつつ、現実にはそれこそ皇軍知識を現地で教えて、天然ゴム採取に関して質量共に備わった増産を試みると共に。
天然ゴムのリスク回避(病害虫対策)の観点から、東南アジアへのパラゴムノキの移植を試みる有様で、それをどのようにすればいいのか、これまた皇軍知識を活用した上で行っている。
更に付言すれば、このパラゴムノキの移植に関してはシャム王国とマラッカ王国が共に関心を示しており、自国を更に富ませるためにパラゴムノキの移植について手を挙げている現状がある。
これについて、道平としては母方の血縁(道平の実母の永賢尼は今でこそ日本人だが、プリチャという名を持つ本来はシャム人でもある)から、本音としてはシャム王国に肩入れしたいが、現実的観点からマラッカ王国とシャム王国、それぞれに道平は便宜を図っている。
道平としては、そういった機微も含めてこれまでに自分がしてきた仕事については後任者に引き継がざるを得ず、それこそきちんと顔を合わせた上で引継ぎを行わねばならない事情を抱えていた。
だからこそ、一日千秋の思いで後任者がブラジルに来るのを待つことになる。
だが、それはそれとして。
「それにしても、お兄様にはもうしばらくの間はブラジルの発展を見届けた上で日本に向かってほしかったものです」
智子は少し愚痴めいたことを言った。
この当時、ペルーで抗戦していたスペイン軍は断末魔の時を迎えつつあった。
また、ペルー以外の南米に展開していたスペイン軍、ポルトガル軍は、陸軍を退役した鬼庭良直や柿崎景家を指揮官とする日本の武装移民達の前に、今や全滅していると言ってもよい惨状を呈していた。
こうしたことから、南米では日本人の武装移民が急展開を始めている。
勿論、移民者数の問題から、それこそ点を抑えるのが精一杯で、徐々に点の間の線を引き、更に線の間の面を埋めようとしているが、その先行きは遥かなものになりそうだった。
だが、そうは言っても、南米で日本人の植民地が急拡大しているのは間違いなかった。
智子は、そういった現実を踏まえた上で、兄の道平に少し愚痴めいたことを言っていた。
「仕方がない。母の容態を見極めたら、又、ここに来るよ」
そう慰めにもならないことを道平は智子に言ってお茶を濁す一方。
道平は姉の和子はどう想っているのか、と考えた。
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