プロローグー3
作中の日本の技術水準は、史実世界の1900年代前半に達しています。
そうしたことから、末尾のような状況に至っています。
上里松一と本願寺顕如の話し合いはそれなりの時間が掛かったが、内容が内容だけに結論が簡単に出る代物では無く、結局はお互いの想いや考えを言い合った末に別れるしかなかった。
とはいえ、それはそれで気が重い話で、松一はその足で養女の織田(上里)美子の下を訪ねて、想いを少しぶちまけた上で帰宅することにした。
松一が美子の下を訪ねたところ、美子は義母(?)の大御ち達と協力して子どもの面倒を見ていた。
「大変そうだな」
「慣れよ慣れ。上の子にも協力させているから、13人も子どもがいても何とかなっているわ」
松一の言葉に美子は明るく答えたが、その声の裏に暗さがある。
シコリがある母子仲とはいえ、母の永賢尼の病が篤いというのは美子にとって気がかりなのだ。
「ところで、プリチャ母さんの見舞いに行ってきたのでしょ。具合はどうだった」
「ああ」
美子の問いかけに、松一はかいつまんで永賢尼の病状を説明したが。
その説明を聞く内に美子の顔色は悪くなって俯いてしまった。
松一が話し終えた際には、美子は敢えて横を向く有様だった。
そして、美子は何とか言葉を絞り出した。
「私は見舞いに行けないわね」
「そうだな」
実際、松一もそれ以上の言葉が出ない。
美子はそれこそ乳児を抱えている身だ。
そんな中、重症の肺病患者を見舞う等、出来よう筈が無い。
「夫も日本中を駆け回っている。夫に代わりに行ってもらうことも難しそうね」
美子は寂しげに話した。
美子の夫の織田信長は、先日、諸般の事情から大日本帝国全労連を正式に結成して、それを基盤とする政党を作って、政治活動に勤しもうと画策している。
その諸般の事情の一つといえるのが肺病問題で、その改善、解決のために信長は飛び回っている。
現在の日本では、肺病(肺結核)患者の増加が、それこそ社会問題になっている。
紡績工場の女性工員を中心に、肺病にり患する工員が増えているのだ。
信長の率いる大日本帝国全労連は、肺病問題の改善を政府や雇用主に対して積極的に訴え、様々な対策の必要性、ツベルクリン検査の充実やそれに対する費用負担が為されるべきだ等と訴えている。
そうした現実の中で永賢尼が重い肺病にり患するとは、美子ならずとも皮肉としか言いようがない。
血のつながらない父と娘の間で暫く沈黙の時が流れた。
「取りあえず、お前の弟妹全員に母の病状を伝えて、弟2人は都合を何とかつけて、せめて死に目に遭えるように速やかに帰国させる。妹2人は死に目に遭えないだろうが、それはもうやむを得ない」
「そうね。それが精一杯ね」
沈黙を破って松一が言うと、美子も肯きながらそう言った。
そうそれが精一杯だった。
美子からすれば異父妹になる和子と智子が嫁いだ際に、それは分かっていたことだった。
和子は北米に、智子は南米に嫁いで行っており、二人共にその地に骨を埋めるつもりで現地の開拓等に勤しんでいるのだ。
それこそ二人が親の死に目に会えるように帰国する等は夢物語だ。
そう思いながらも、松一の心の片隅で浮かぶ考えがあった。
皇軍がもたらした知識が現実のモノになり、徐々に具体化されている。
それこそ産業革命の大幅な前倒しが為されており、技術等については長足の進歩となっている。
例えば、大坂や京都、江戸では路面電車の運行が始まっているくらいだ。
パラゴムノキ由来の天然ゴムも入手できるようになっており、自動車の試作が現実になっている。
こうしたことからすれば、後、数年で航空機が日本の空を飛ぶようになる。
そして、更に10年もすれば航空機が再度、日本から海外へと飛ぶ時代が来るだろう。
だが、今はそれは現実のものではない。
松一としては、それがどうにも残念で仕方が無かった。
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