エピローグー3
そんな夫婦漫才を、その頃の日本では実の兄の織田信長夫妻が繰り広げていること等、エジプトにいるお市にしてみれば知る由もないことだった。
お市にしてみれば、初子の亮政(万福丸)が無事に産まれたことで幸せ一杯であり、更に竹中重治の勧めもあって、夫の浅井長政と共に新たな人生の門出というか、大きな決断をしたところでもあった。
「本当にご家族全員が東方正教に改宗なされるのですか」
「はい。この地に骨を埋めたいとまで思っています」
「それは素晴らしいお心がけです」
エジプトでは完全に少数派になるが、東方正教徒が皆無という訳ではない。
それこそ小西隆佐アレクサンドリア支店長が東方正教徒になっており、東方正教徒のコミュニティの中で馴染んでいるほどである。
更にエジプトで生活している内に、仏教徒(といってもこの当時の日本由来なので神仏習合といっても間違いでは無いのだが)として生活していたのでは、エジプトに馴染めないことを浅井長政夫妻は痛感するようにもなっていた。
そして、自分達がエジプトに馴染めないままではエジプトの改革も進捗しないと感じるようになった。
こうしたところに。
「お子様が産まれたのを機に東方正教に改宗されては如何でしょうか」
重治がそう提案したのだ。
「「改宗」」
長政夫妻は思わず異口同音に重治に言ってしまった。
「ええ。東方正教に改宗されては如何かと」
重治は理路整然と、長政夫妻に東方正教への改宗の利点を述べた。
やはり仏教徒のままでは、エジプト人からしてみれば、異民族、異教徒ということもあり、エジプトのための改革だと言っても中々周囲に信じてもらえないし、更に味方も増えるとは思えない。
ここはエジプト人に馴染みのある宗教に、具体的には東方正教に長政夫妻は改宗すべきではないか。
そうすれば、エジプト人も自分達が提案する改革案に、更に同じ信徒の面々もその改革の為に積極的に動くようになるのではないか。
「イスラム教スンニ派やコプト正教に自分達が改宗するのではいけないのか」
気が落ち着いた長政は、重治に反問したが、重治はそれに対して理屈をつけて反論した。
「コンスタンティノープル公会議の一件があります。日本人は東方正教徒寄りだとあの件で見られてしまうようになりました。それにエジプトではイスラム教スンニ派とコプト正教が二大勢力で、微妙な緊張関係にあります。このどちらかに改宗しては、改宗した側の宗教に肩入れするように見られかねません。東方正教はキリスト教の一派にはなりますが、エジプトでは超少数派なので、その対立から一歩引いた立場に立つことにもなります」
「成程な」
重治の理路整然とした説明に、長政は得心してお市も同心した。
こうしたことから、長政とお市、亮政の3人は東方正教に改宗することになったのだ。
尚、半ば言うまでもないことだが、自らも東方正教徒である上司の小西隆佐アレクサンドリア支店長は、この3人の東方正教への改宗について大歓迎している。
そして、重治も父が死んだエジプトに自らも骨を埋めるつもりで、更に今の主といえる浅井長政家族に改宗を自らが進言したことから、ほぼ同時に東方正教に改宗をしていた。
長政とお市の改宗は周囲に波紋を広げた。
日本人の間にはすぐには余り響かなかったのだが、エジプトの人々の間には、重治の言う通りに心のどこかに響くことになったのだ。
「東方正教に改宗されたそうですな。我々の方に改宗された方が良かったのに」
「いえ、コンスタンティノープル公会議の件がありますから、日本人としては東方正教に改宗します」
「確かにそうですな」
エジプトの改革の為に働く合間にそんな会話が交わされるようになっていった。
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