第23章ー25
だが、ここまでは表立って言える話と言える。
実際問題としてこれまでアレクサンドリア支店に自分達がいたのに対して、上里勝利はワーリー府との折衝を主な仕事としているためにカイロ出張所にいることから、共にピラミッドやスフィンクスを観光旅行として見た後は、2回程しか勝利と自分は会えていない。
その際に勝利はかなりあけすけに表立って言える話をしてきた。
だが、それ故に却って表立って言えない話があるのではと想えたのだ、と浅井長政は内心で考えた。
それにこれについては全くの自分の憶測だ、だからこそ妻のお市にも言えない。
表立って言えない話の方だが。
この村の場所が鍵になる話となる。
この村の場所は、それこそナイル川の流れに頼らずに紅海と地中海を繋げる運河、新たなスエズ運河を掘削しようとするならば、更にそのための調査をしようとするならば、程よく離れている調査に好適な場所といえる村なのだ。
この村がマンザラ湖のほとりにあるということも、更に好都合な点だ。
マンザラ湖を淡水化しようとすることを検討してみるという言い訳で、水利関係を始めとする様々な土木技術者等が集って、様々な調査を広範囲に行ってみても、余程注意深い人物が見ないと新たなスエズ運河掘削に関連しているとは気づかないだろうし、更に気付いても、周囲の者が邪推にも程がある、と言ってくれる可能性が高い。
この村にはそう言った場所の利点があるのだ。
新たなスエズ運河の掘削か。
勝利はある程度の真実を知っているのだろうが、流石に自分にさえ教えてくれない。
(勝利はお市には当然教えていない)
だが、エジプトに来ると日本がお金を出してでも何れはスエズ運河を掘削すべきだ、という意見をそれこそ小西支店長らからも聞かされ、更に勝利はその一環としてエジプトに一時赴任することになったのでは、と自分には思われてならない。
長政は古スエズ運河再開削でも充分すぎる運河だ、とここに来るまでは考えていたのだが、アレクサンドリア支店の他の面々(と言っても、現地雇用者が過半数を占めるのが現実なので、意思疎通に自分は苦労した。妻のお市がアラビア語が話せるので、すぐに馴染んでしまい、羨ましく内心で想ったほどだ)から聞いたナイル川の洪水の規模に胆をつぶすことになった。
成程、スエズ運河を新たに作ることを日本が考える訳だ。
今のナイル川は渇水期だが、8月から10月になると増水期が来る。
この時期になるとナイル川の水位は1メートル以上も高くなる。
こんな大きな川が、毎年2月余りの間も1メートル以上も水位が上がる等、日本にいる頃は想像もできない話だった。
更にそれを活かして、農地に水を張るというのだ。
ナイル川の水位が充分に上がれば、予め調整して掘削してある水路を介して、エジプトでは農地に水を張ることになる、いや水を溢れさせるのだ。
そして、2月余り水に浸されたというよりも水が溢れかえった農地は、ナイル川が運んできた新たな土砂、粘土に覆われることになる。
新たな土砂、粘土は肥沃な養分を含んでおり、それによって肥料を蒔くことなく豊かな作物がエジプトの農地では得られるのだという。
日本では色々な意味で信じられない農法だ。
確かに日本でも水田は水を張って稲を育ててはいる。
だが、ある意味では大洪水といえる程の大河の増水が、毎年2月余りも続いて、更にそれを活かして農業を行う等、日本の水田稲作が子どもの遊びに思える程の規模だ。
ナイル川を初めて実見した時、こんな大河があったのか、と思ったが、それが2月余りも毎年増水するというのを聞いて信じられなかったものだ。
本当に農業改革はできるのか、長政は壮大さに気が遠くなった。
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