第22章ー9
次に口を開いたのは織田(上里)美子だった。
「これまでの話を聞く限り、伊達輝宗殿と妹の智子との縁談に私は賛成せざるを得ないようね。それにしても、愛子母さんにもプリチャ母さんにも、お父さんは秘密が多々あるようね」
「まあな。真実を全て語った方がいいとは限らないからな」
美子の鋭い言葉に、上里松一は思わず背中に汗をかいた。
そう、厳密に言えばプリチャ(永賢尼)が自分の先妻で愛子は後妻になる等、プリチャや愛子どころか、美子でさえ知らない秘密が他にもある。
美子の言葉は、そういった他の秘密を私は知っているのよ、という意味にさえ、松一には聞こえた。
「妻の美子が、伊達輝宗と自分の妹の智子の縁談に賛成するのなら、自分も賛成しますよ。それにしても、和子も智子も遠く離れて所に行くことになりますな」
信長が、美子と松一のやり取りを聞いて言った後で付け加えた。
「ところで、中南米に智子が行くのは来年の春ですか」
「いや、違う。再来年の春になるだろう。ある意味、和子と同様の婚姻になる」
松一はきっぱりと答えた後で続けた。
「何故かというと、初等女学校を卒業した後で智子は輝宗殿と結婚させるつもりだからだ」
「成程」
信長はそう言って肯いた後、少し沈黙した。
美子も何となく得心した雰囲気、気配を示した。
「皇軍来訪」から約20年が経ち、更に日本国内における産業革命が起きて、商工業が飛躍的に発展するにつれて、日本国内では義務教育が4年では短すぎるという声が徐々に高まっていった。
これはある意味、当然の話で、工員や事務員として人を使うとなると、求められる教育程度が小学4年生程度ではどうにも足りず、雇用主側からはより高度な教育程度が求められるようになり、労働者側からもより高度な教育を受けて収入を増やそうという意欲が高まることになるからである。
そして、約20年の歳月は日本国内に教員を大量にとは言わないまでも、それなりに充実した数で揃えることを可能にしていたのだ。
こうしたことから、この春から日本国内の義務教育制度は大きく変わった。
小学校は4年制から6年制へと変更され、義務教育は6年間ということになった。
そして、初等女学校等は4年制から3年制に、高等女学校等も4年制から3年制に変更された。
これによって、大学や陸軍士官学校、海軍兵学校の入学資格は18歳以上のままになった。
女性はともかく、既に都市部を中心に男性の過半数が中学校進学を目指すようになっていた現在、こういった義務教育期間の伸長は、国民の間で好意的に受け止められている。
学校教育について、税金の投入により全面無料という現実がある今、子どものいる家庭にしてみれば、義務教育期間が伸長したからといって教育費が掛かるということはないし、それに小学校を出ただけでは中々いい条件の就職先が見つからない、という現実が徐々に広まりつつあるのだ。
そういった現実に鑑みれば、義務教育期間の伸長に国民の多くが賛成しこそすれ、反対しないのも当然の話だった。
そして、智子は悪戦苦闘しながらも初等女学校に入学を果たしている。
こうした背景から、父の松一は当面は智子には婚約だけさせて、初等女学校を再来年の春に卒業次第、伊達輝宗と結婚させようと考えているのだ。
信長も美子も松一の考えに納得せざるを得なかったが。
そうはいっても、智子の母2人、プリチャ(永賢尼)と愛子それぞれの心情を、信長と美子は忖度せざるを得なかった。
特に愛子はともかく、プリチャ(永賢尼)にしてみれば、もし、智子と輝宗の縁談が調った時には、腹を痛めた娘3人の内2人と半ば永遠の別れになる。
出家しているとはいえど辛い話になるのは必定だ。
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