第20章ー13
陶隆房大佐が心配するのは無理のない話であった。
銃砲弾の補給について、日本軍は「皇軍」以来の意識、悪癖をも受け継いでおり、そんなに多数は必要ない、という意識があった。
例えば、定数として歩兵は1人当り銃弾を120発持って、戦闘に参加するように指示はされている。
そして、戦争、戦闘が始まった時点では、当然にそれが満たされているが。
問題はそれを使い切った時だった。
それこそ後方から送り込まねばならないが、下手をすると日本本土から追送という事態になる。
流石に今回の対スペイン戦争に備えて、サンディエゴに弾薬工場が作られており、そこから銃砲弾の補給が可能になってはいる。
だが、問題は上述の悪癖から、大量生産といえるだけの生産設備が整っていないことだった。
陶大佐らが半ば喚いたので、サンディエゴだけで最大で1日1万発の生産が可能になっているが、そんなもの陶大佐から見れば、3個旅団を前線に投入すれば、1人1日1発しか撃てないだけの生産量だ。
(註、これは日本軍が制式採用している後装式ライフル銃の銃弾のみの生産量である。
拳銃や火縄銃、前装式ライフル銃の銃弾に関しては、それこそ植民活動等の際に、現地、北米大陸に住んでいる日本人も使っているので、別途、生産が行われている)
陶大佐らは最大1日10万発は製造できるようにして欲しい、と主張していたのだが、本土ならともかく北米大陸のサンディエゴに弾薬工場を作るとなると、それこそ人(工場建設の作業員から工場建設後の工員等々)の手配が大変だし、それに建設費用もバカにならない、として最大1日1万発が生産できれば充分ということになってしまったのだ。
砲弾の生産量や生産設備にしても似たり寄ったりで、対スペイン戦争が始まって以来、サンディエゴの工場で最大生産して備蓄するように命じられている筈だが、今のところは1門当たり100発程しかサンディエゴに備蓄が無いらしい。
砲兵隊は砲弾を撃って何ぼ、と考える陶大佐にしてみれば、嫌な予感しかしない話だった。
その一方で、その場で実務的な話も進められていた。
「太田資正中佐、このアカプルコ港周辺に軍政を敷いて、治安維持等を行ってもらいたい」
「分かりました。微力を尽くしましょう」
誰というか、どの歩兵大隊をアカプルコに遺すか、その指揮官を誰にするかの話し合いが行われた末、陶大佐が率いる旅団の歩兵大隊を残置して、その指揮官には太田中佐が充てられることになったのだ。
尚、太田中佐が充てられた理由の一つが。
「それでは、犬を連れて行くからな」
「よろしくお願いします。私の大事な飼い犬ですから」
「うむ。一朝事あらば犬を放てば、すぐに連絡が付くだろう。何しろ太田中佐の愛犬だ。飼い主の下に急いで赴くだろうからな」
そんな会話が併せて交わされるほど、元々太田中佐が愛犬家で軍用犬育成にも長けていたからだった。
それまで、日本犬(の原種)しかいなかった日本に、「皇軍来訪」は結果的にだが軍用犬としてのシェパードを持ち込むことになった。
更に軍用犬の育成方法も持ち込まれたのだ。
太田中佐は愛犬家であったことから、シェパードに興味を持ち、更に軍用犬の育成方法にも興味を覚えて、懸命にシェパードの飼育や軍用犬の育成方法の習得に務めた結果、軍用犬の大家と言える存在にまで現在はなっている。
そして、この場にも太田中佐の愛犬が複数、連れて来られているのだ。
「そういえば、ここにはチワワという小犬がいるそうです。日本に連れ帰ってもいいですか」
太田中佐はついでに戸次鑑連将軍に尋ねた。
「ダメと言っても、こっそり連れ帰るだろうが」
「その通りです」
太田中佐と戸次将軍は笑い合った。
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