第20章ー10
とはいえ、そういった作戦の急な変更は現場に混乱や様々な想いをもたらすものでもある。
特に一部の将兵の想いは、それなりどころではないものがあった。
「ペルー侵攻作戦は当面延期。まずはメキシコを制圧するか」
島津義弘大尉は、同郷出身といえる猿渡信光大尉に対して愚痴るような口調で述べた。
本来から言えば、猿渡大尉の方が1期上の先輩になるので敬語で話すべきだが、何しろ島津大尉は猿渡大尉にしてみれば元の主筋である。
島津大尉の性格もあり、いつか対等いや島津大尉の方が上のような感じで話すようになっていた。
「ペルー侵攻作戦発動の暁には、一番乗りを果たして島津家の名を挙げようと考えていたのに。既にメキシコには別の部隊が上陸している以上、一番乗りは無理だ。どうにも無念だ」
「確かにそうだな」
猿渡大尉も島津大尉の無念の気持ちが分かった。
島津家は「皇軍来訪」時の面従腹背が咎められた結果、薩摩と大隅だけの確保となり、島津貴久没後はその二国の国司を返上することが内定している。
本来からすれば、日向と奄美諸島が島津領となる筈で、更に琉球王国と日本本土との貿易も「皇軍来訪」以前は事実上は島津家の管理下にあったのにだ。
今や日向と奄美諸島は島津家の手を離れ、奄美諸島に至っては琉球王国の領土になってしまった。
又、琉球王国は今や日本本土との自由貿易を謳歌しており、砂糖の輸出等で大いに潤っている。
それを間近で見ている島津家の面々にしてみれば、どうにも複雑な想いが奔ることになる。
こういった状況を覆すために、島津義弘は陸軍に志願して功績を挙げようとしており、兄の義久と弟の歳久は官僚の路を歩んで功績を挙げようとしていて、既に就職している。
そして、異母弟の家久は今15歳であり、島津家にとってどのような進路を選ぶのが最良なのか、将来の路を思案しているところだった。
義弘にしてみれば、今回の従軍の際にペルー一番乗りを志願して武功を挙げる筈だったのに、メキシコ三番乗り部隊の一員となっては無念という想いだけで済まない事態だった。
しかし。
「気持ちは分かるが、武功を挙げる機会が全く失われた訳ではあるまい。メキシコで武功を挙げる機会があることを期待して、メキシコに赴こうではないか」
「確かにそうですね」
猿渡大尉の当り障りのないといえば当り障りのない慰めを聞いて、島津大尉としては納得せざるを得ない事態、話ではあった。
因みに島津大尉と猿渡大尉の上官になる柴田勝家大佐も同様の憤懣を抱えて、同郷の部下達を相手にほぼ同時に憤慨している。
「儂の気持ちが分かるか」
ラム酒を呷った勢いで、部下達に柴田大佐は思い切り絡んでいた。
「ええ、よく分かります」
「柴田大佐のお気持ちもごもっとも」
佐々成政大尉と前田利家少尉は、柴田大佐の酒の上での愚痴の聞き役を共に務めつつ、目で会話した。
「おい、何とかしろ」
「無茶言わないで下さい。ここは大尉にお任せします」
「これは上官命令だ」
「そんな上官命令はありません」
[おい、何を目で会話している。いいか、ペルー一番乗りがメキシコ三番乗りになったのだぞ。これが怒らずにいられるものか」
「「仰る通りです」」
目が据わっている状態の柴田大佐に睨まれては、佐々大尉も前田少尉もそう答えるしかない。
「そうだろう、そうだろう」
柴田大佐は一人合点を始めた。
「おい、お前らも吞め」
「「ははっ」」
柴田大佐は、二人にラム酒をストレートで遂には呑ませる始末だ。
佐々大尉も、前田少尉も悪酔いになってしまう。
次の日に3人が二日酔いになって、戸次鑑連将軍に、
「悪酔いにも限度がある」
と訓戒されたのは、佐々大尉と前田少尉にはとばっちりもいいところだった。
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