プロローグー3
1562年の新春に休日を利用して、京都の本願寺に上里勝利は赴いていた。
言うまでもなく実母の永賢尼に逢うためである。
永賢尼は息子を歓迎して、茶室に息子を誘ってお茶を振舞った。
そして。
「結構なお点前で」
実母である永賢尼の入れたお茶を畏まって飲んだ後で、上里勝利はそう言った。
「このお茶は何かわかりますか」
「紅茶ですね」
実母の問いに、勝利は答えた。
その答えに肯くと、永賢尼は勝利に半ば問わず語りに話を始めた。
「皇軍の知識によれば、良質の紅茶ができる茶の木が、インド(天竺)の北東部にあるそうです。今すぐに探して欲しい、とは言いませんが。何時か探しに行ってくれませんか」
実母の言葉に勝利は答えた。
「確かに今すぐは無理ですね。大戦が間もなく起こるでしょうから」
「大戦ですか」
息子の答えに、永賢尼は眉をひそめた。
「ええ、米大陸で」
勝利は、それとなく実母から目を逸らしながら言った。
米大陸には、自分からすれば異父弟妹、実母からすれば腹を痛めた娘と息子がいる。
武田(上里)和子と(上里正道から婿養子になったことにより改名した)小早川道平の2人だ。
まず大丈夫なはずだが、2人が戦禍に遭わねば良いが、そう勝利は想った。
永賢尼は嘆くように言った。
「大戦は止められませんか」
「もう、引き返すことはできません。日本国中が、スペインとの戦争を熱望してる有様です。そして、スペインも戦争を起こそうとしています。どちらが先に刃を向けるのか、いえ、最近で言えば最初の銃声を響かせるのか、という段階ですから」
勝利は、少し昏い言葉で言った。
「そうですか」
永賢尼はそう短く言って、息子から目を逸らして、茶室の障子を手ずから開けて、庭に目をやった。
それにつられるように、勝利も庭に目を向けた。
母子の間に暫く、沈黙の時が流れた後。
「私が戦争が嫌いなのは知っているでしょう」
「ええ」
沈黙を破る永賢尼の問いかけに、勝利は短く答えた。
勝利の実父サクチャイは、勝利の養父であり、和子や道平の実父になる上里松一が安楽死させた。
永賢尼としては、戦場でのことでやむを得なかった、と理屈では分かっているのだが、未だに感情が治まらなくなることがあるらしい、と勝利は想っている。
それもあって、永賢尼は戦争が嫌いなのだ。
「最早、大戦が避けられないのなら、止むを得ません。北米には下間氏を始めとする本願寺の者達がいます。いざという際には、自衛のために本願寺門徒は戦うように、また、日本軍に協力するように、顕如殿に私から申し上げておきましょう。子どものためにも」
勝利の短い答えの後、少し間をおいて、永賢尼は言った。
「ありがとうございます」
永賢尼の言葉に、勝利は言った。
そう、勝利の真の目的は、そこにあった。
養父はインド株式会社の代表取締役として、また、皇軍関係者との交友関係等から、様々な裏情報までも把握している。
そして、日本軍が米大陸で戦うとなると、戦場の後背地になる北米大陸の日系住民の積極的な協力が事実上は必要不可欠だ。
そう言った事情から、北米大陸に多い本願寺門徒に陰ながらの協力を依頼するために、松一は勝利を永賢尼に逢いに行かせたのだ。
永賢尼にしても、昨今の世情から何となく勝利の来訪目的を察しており、紅茶を振舞うことで、北米大陸での戦争が避けられないのか、と暗喩したのだが、勝利はそれは無理だ、と明言したのだ。
そのような事態にまで至っている以上、顕如殿が成人している以上、後見人の職務から解放されてはいるが、顕如殿に永賢尼は北米大陸の状況について意見を述べ、顕如殿から北米大陸の門徒らに指示を出すように依頼せざるを得ない。
永賢尼は気が重くなるのを覚えた。
話の中で茶室で紅茶を振舞うのはおかしい、と言われそうですが。
親子二人で半ば密談をするため、ということでお願いします。
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