第17章ー15
夫の言葉を聞いて、諏訪姫は更に言葉を継いだ。
「何れはスペインとの戦争が、南の方で始まると言うのは本当でしょうか。そのために、色々な工場が建設されつつある、そのために人が呼ばれつつある、と市場で聞いたのですが」
「それが本当だとして、自分がそうだ、と言えると思うかい」
武田晴信少佐は、わざと軽く言った。
武田少佐自身は、妻の言葉が真実を射抜いていることを知っている。
表向きは、北米大陸西海岸の日本の植民地に続々と送られている日本陸海軍の部隊は、中南米大陸のスペイン植民地からの攻撃を警戒して、その防衛のために、また、植民地の治安維持のために、送りこまれていることになっている。
だが、実際には日本側から中南米大陸のスペインの植民地等への侵攻作戦発動準備のために、日本陸海軍の部隊は派遣されているのだ。
しかし、武田少佐は、そのことを公言する訳には行かない。
日本政府が何らかの口実を作って、スペインの植民地と紛争を起こして、それに対する防衛措置の一環という名目を作って、中南米大陸への侵攻作戦を発動しようとしていることが、自分には見えているが。
それを妻に対しても明かす訳には行かない。
それこそ、このことは日本の国家、軍事戦略に関することで、機密事項もいいところの話だからだ。
諏訪姫も、そのことが心の奥では分かっているので、それ以上の問いかけは止めて、自分の目や耳に入ったことだけを話しだした。
「確かにそうですね。それにしても、市場での人の話を聞いていると、皇軍が来る前とは余りにも違う話が飛び交っていることが、時々怖くなるのです。それこそ、いい銃があるよ。買わないかいとか」
「確かにな。それを言い出したら、こんな所に君や自分がいる方が怖い話かもしれないが」
「それもそうですね」
諏訪姫は微笑しながら言い、武田少佐は内心で更に考えた。
それこそ10年余り前の1542年に皇軍が来訪するまで、日本が日本の外に積極的に出て行くようになること等、誰が予期していただろうか。
それから10年余りが経過した1556年の現在、日本は西ではセイロン島の一部を領土化し、南ではオーストラリア等を植民地化しており、東では北米大陸西海岸を着々と植民地化している。
そして、自分と妻の諏訪姫は、北米大陸西海岸に住むようになっている。
15年前の1541年に、今の自分が仮に会いに行って、15年後にはこうなっているぞ、と言ったら、そんなところに住む筈がない、と絶対に笑い飛ばすに違いない事態ではないだろうか。
更に先程、諏訪姫が言った銃等、皇軍がもたらした様々な物。
銃や大砲、更に蒸気船が、皇軍によってもたらされた結果、戦という物は様変わりしてしまった。
だが、皇軍がもたらしたのは銃等の兵器だけではない。
未来からの知識だ、と称して兵器以外にも様々な物がもたらされたのだ。
例えば、農業では肥料は金で買う物という意識が広まり、干鰯や油粕が肥料として広まった。
更に連作障害等の知識がもたらされた結果、輪作が普及し、肥料の使用も相まって、農業生産が激増する事態が、日本各地で引き起こされることになっている。
また、電信というものがもたらされ、また、郵便という組織、知識がもたらされた結果、日本本土の各地の通信は極めて容易に、また、盛んになった。
更に海底ケーブルが生産されて敷設されるようになった結果、日本本土と国外の間でさえ、まだまだ制限されたものとはいえ、瞬時に通信のやり取りを行うことが不可能ではなくなっているのだ。
こういった様々な変化に、自分はどこまでついて行けるだろうか。
子どもはついて行けるだろうか。
そんなことさえも、武田少佐は考えてしまった。
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