第1章ー2
実際問題として、この時、大東亜戦争開戦へき頭の南方作戦、中でも洋上にいた部隊のみが、実はこの異常事態に巻き込まれていたことが、徐々にお互いにわかり出した。
それが分かったきっかけが、第25軍司令部が、懸命に発した電文であり、更にそれに対する応答が、南方軍どころか、東京の大本営等からも無いことが、無線傍受により、他の部隊にも、徐々に水面に波紋が広がるように判明したことだった。
他の部隊、例えば南遣艦隊や第2艦隊も、懸命に連合艦隊司令部等に連絡を取ろうとしたが、全く応答がなく、困惑せざるを得なかった。
そうこうしているうちに、各部隊は夜明けを迎えた。
そして。
「取りあえず、マレー、フィリピンへの侵攻作戦は、一時中止する旨、現時点で判明している陸軍の最高司令官として決断し、把握している陸軍の各部隊に対して、そのように指示します。海軍はどうされますか」
「私も、この際、現時点で判明している海軍の最高司令官として、山下奉文中将の決断を支持し、それを支援するように、隷下にある各部隊に対して指示を下します」
12月8日(?)朝、第25軍司令官の山下奉文中将と、第2艦隊司令長官の近藤信竹中将は、無電でそうやり取りをしていた。
「ところで、私の視界内には、陸地が見えており、恐らくマレー半島ではないか、と思われるのですが、確証が掴めません。海軍の航空機で、航空偵察をしていただけませんか。陸軍の航空隊とは、まったく連絡が付かないのです」
「そうですね。空母「龍驤」は、フィリピン方面におりますので、重巡「鳥海」の水偵等を使用して、マレー半島か否かの航空偵察をしましょう。なお、「龍驤」には、フィリピン諸島の航空偵察を行わせる予定です。それにしても、米英軍の無線等が、一切、傍受できないのは奇怪極まりない。更に言えば、民間のラジオ放送等も、全く傍受できません」
山下中将と近藤中将は、そう無電でやり取りをし、お互いに困惑の念を深めた。
それはお互いの隷下にある陸海軍の部隊の将兵も同様だった。
こういうことはどうにも隠せないものである。
何しろ、月の位置が全く変わっていたという事実まであるのだ。
そして、マレー、フィリピンへの侵攻作戦が行われるという噂が流れ、実際に陸軍の将兵が乗った輸送船団が、海軍の艦艇に護衛されて、その方向に移動していたのに、いきなり足止めを食ったのだ。
洋上にいる陸海軍の将兵の面々が末端に至るまで、困惑するのは当然の話だった。
そして、空母「龍驤」の艦載機や重巡「鳥海」の水上機等を使用して、航空偵察が行われたが、その結果は、洋上にいる陸海軍上層部を更に困惑させるものになった。
「何、シンガポールが存在しないだと」
「マニラも存在しないとのことです。正確に言えば、それらしき、陸地はあります。ですが、いわゆる市街地どころか、それらしき建物さえも、航空偵察では見当たらないとのことです」
第25軍司令部は、益々困惑の度を深めて、そのような会話を交わさざるを得なかった。
もっとも、そのような会話を交わしたのは、第25軍司令部だけではない。
同じ陸軍で言えば、第14軍司令部等でも、そのような会話が交わされることになった。
海軍でも似たようなものだった。
第2艦隊司令部や南遣艦隊司令部内で、そのような会話が交わされた。
更に困惑を深めることがあった。
「洋上で見られる船が、全て帆船、それもいわゆるジャンク船が多数だというのか」
「一部、キャラック船らしき船も視認できましたが。どちらにしても、汽船が全く見当たりません」
「どういうことだ。過去に我々はいるのか」
陸海軍の上層部は、理解に苦しむ現象に頭を抱え込んでしまった。
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