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間章ー4

「忘れたの。私は本願寺内では、シャムの国王の血を引いていて、私の祖父は貴族だったけど、政争に敗れて庶人になった身ということになっているのを。それで、美子が三条氏の猶妹に迎えられたのよ」

「ああ、そう言えば、本願寺内では、あなたの家柄はそんな話になっていましたね。貴方が、本願寺に尼僧に入る際、本来からすれば高貴な家柄だ、と誤解されたのが、今の地位に就かれた一因でしたよね」

 永賢尼の言葉に、愛子が嫌味を込めて言った。


 愛子自身は、正式な結婚での嫡出子とはいえ、(表向きは)所詮は明の倭寇の大幹部と琉球の尾類(芸妓)との間に産まれた身なので、家柄云々を誇れる身では全くない。

(愛子が実は三司官の真徳の秘密の孫娘なのを、愛子自身は知らないのだ)

 それ故、永賢尼の嘘の家柄話については、愛子は嫌味や皮肉を言わざるを得ないのだ。

(永賢尼自身は、本来は全くの自小作農民階級の出身である)


 永賢尼もそれは分かっているので、愛子の嫌味を完全に無視して、永賢尼は話を続けた。

「義信と和子の縁談に家柄が問題になっているのを聞いた顕如様が、三条氏の息子の義信の妻にするのならば、私の実母の顕能尼の猶子にして、私の猶姉ということに、和子をしましょう。そうすれば、義信の正妻に問題ない家柄になりますし、永賢尼も北米の事を気に掛けているという証になるのでは、と言われたの」

「それは」

 それだけ言って、松一は絶句し、愛子も呆然とした表情を浮かべた。


 松一は懸命に頭を回転させた。

 確かにそうすれば、三位中納言、庭田重親の孫娘ということに和子はなり、更に義理の叔母と義信が結婚することになるから、家柄は全く問題なくなる。

 更に、永賢尼の実の娘にして、本願寺顕如の義姉が、北米に赴くことにもなるのだ。

 永賢尼の失言を完全に打ち消すことになり、北米の本願寺門徒衆も、ある程度は落ち着くだろう。

 成程、和子の縁談申し入れを、本願寺の総意、と永賢尼が言ってくる訳だ。


 これは、自分としても断りづらい縁談だ。

 それにしても、ここまでのことに満13歳の身にして考えが及ぶとは。

 本願寺顕如、真に畏るべし。

 史実において、織田信長と対等に渡り合えた男の一人、という話があるのも無理はない。


 そこまで考え終えた松一は、妻の愛子の顔を横目で見た。

 愛子は、まだ呆然としたままだ。

 これでは、当分の間、愛子は考えがまとまるまい。


 松一は、そこまで考えて、

「分かりました。明日朝、和子の意向を確認してお答えします」

「よろしくお願いするわ」

 永賢尼にしても、今日のところはここまで、と考えていたのだろう。

 話を打ち切って、自分用の寝所に永賢尼は向かった。

 松一は愛子を促して、自分達の寝所に入った。


 寝所で暫く時が経ってから、愛子はようやく正気を取り戻して、松一に半ば問いただした。

「この縁談、受けるの」

「和子次第だな」

「和子が断る訳がないわ。あのいい子が」

 松一の返答に、愛子は少し怒って答えた。


 そう和子は、それこそ三従の教えに黙って従う、本当に「いい子」だ。

 異父姉の美子とは、そう言った点で、性格が全く違う。

 松一が縁談を勧めれば、父の言うことだから、と和子は受け入れるだろう。

 だからこそ、松一としても困ってしまう。

 下手にこの縁談を勧めては、和子は北米に行ってしまうだろう。


 自分としては初子になる和子を、できたら結婚後も自分の目の届く所に置いておきたい、と松一自身は考えていた。

 それなのに、この縁談を勧めては、自分の目の届く所から和子はいなくなるのだ。

 しかし、この縁談は断れない。

 北米大陸の開発を進めるというのは、日本政府の方針だからだ。

 和子の縁談は、政府の方針に合致している。

 松一は苦悩した。

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