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第16章ー19

 それはそれとして、足利義輝の愛犬、鬼丸はモンゴルから連れて来られたモンゴリアン・バンホールの、ほぼ同じ年の連れ合いと暮らすようになってから、すっかり落ち着いていた。

 そして、犬としてはそろそろ中高年といってもよい年に差し掛かっていた。


「そういえば、ポルトガルの者に言わせれば、そろそろ鬼丸の連れ合いに、子犬を産ませるのは避けさせるべきだ、とのこと。また、鬼丸は極めて優秀な雄犬なので、今の連れ合い以外の他の若い連れ合いと番わせるべきでは、とのことです」

「しかし、あの連れ合い、夫婦の仲睦まじさを見ておるとな。仲を裂きづらいことおびただしい。それこそ、一部の妻を蔑ろにする男には、あの鬼丸を見習え、と言いたい程だ」

「確かに、あの夫婦を見習わせたい者が多々おりますな」

 そんな会話まで、思わず主従は交わした。


 それを機に伊勢貞孝は、顔色を改めた。

「少し申し上げたきことがあります」

「何だ」

「正室を娶りませぬか」

「わしのために、この地まで来る正室に相応しい女性がいるか」

 義輝は哀しみと自嘲が相混ざったような言葉を発した。


 実際、義輝の言葉は、そう間違ってもいなかった。

 仮にも義輝は、足利将軍家の当主なのだ。

 本来から言えば、それこそ自身の母、慶寿院が近衛家第15代当主の近衛尚通の娘であるように、摂関家の娘を正室に迎えてもおかしくない家格、身分を義輝は誇るのだ。


 しかし、皇軍の来訪により、足利将軍家は、日本本土から追放され、義輝はオーストラリアに住んでいる身である。

 義輝の家格、身分に相応しい正室に迎えるべき女性となると、日本本土からそれなりの貴族(堂上家の中でも名家以上)の娘を迎える必要があるが、日本から遥々この地まで赴いてくれる女性がいるとは、とても義輝には思えなかったのだ。


 そのためもあって、今の義輝は、日本からこの地まで共に自らに付いてきてくれた奉公衆の一人である進士晴舎の娘、小侍従が侍女として奉公してきた際に自ら手を付けて、小侍従を側室とはいえ、自分の事実上の正室として共に暮らしている。

 小侍従は、自らの身分を弁えていて、義輝に正室を迎えられては、と時折、言ってはいるが、義輝にしてみれば、そう言われる程、小侍従に対する愛おしさが募り、どうにも正室を迎える気にならないでいるというのが現状だった。


 しかし、この日の貞孝は、声を少し潜めてはいたが、固い意志をもって言葉を継いだ。

「義輝殿の伯父上、近衛植家殿が娘を嫁がせたい、との手紙を送って来られました。伯父上の言葉を断られるのですか」

「うむ」

 義輝は、思わず返答に詰まった。


「それに云うべからざることですが、主上の御気色は余りよろしくないとのこと。崩御されなくとも、御病気快癒のための大赦が行われる可能性もあります。その際に、伯父上が、実の甥でもあり、娘婿を大赦していただきたい、といえば、日本本土にご自身が還られることも十二分に望めますぞ」

 貞孝は、更に義輝の背を押すようなことを言った。


「うむ」

 義輝は黙考した。

 自身の本音としては、もうこの地に骨を埋めたい気分だ。

 しかし、自分と共にこの地に来た面々全員が、この地に骨を埋めたい、と考えているのか、と言われると、流石にそこまでは言えない。

 貞孝が、ここまで言うのは、貞孝自身が、日本に帰りたい、と想っているからだろう。


 貞孝の想いも踏まえ、暫くの沈黙の後、義輝は声を絞り出した。

「分かった。伯父上によろしく伝えてくれ。わしはその縁談を受けたいとな」

「そのお言葉をお待ちしておりました」

 貞孝は、悦びの表情を満面に浮かべて、義輝の前を去って行った。

 義輝は貞孝を見送りながら、小侍従に何というべきかを考え込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言]  義輝からすると 戻っても生活基盤ない 日本よりも 開拓すればするだけ自分のものになる オーストラリアの方が良いよね
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