第3章ー2
とはいえ、上里松一少尉が新たに命ぜられた仕事について、他の皇軍に属する人物ができるのか、というとできない、と上里少尉自身も答えざるを得ない、というのが現実だった。
さて、その仕事はというと。
「シャム王国の首都に赴き、米の買い付けに関して、支払い保証の手形を振り出せ、という訳ですか。退役を拒絶され、海軍軍人の職務を果たせ、と言われた以上、職務に私は尽力しますが」
沖縄にいる海軍の最高位の将官である小沢治三郎中将に呼び出されて、その命令、仕事を受けた後、本音を正直に言え、と言われた上里少尉は、それ以上の言葉をどうにも口には出せずに無言になった。
なお、小沢中将は、含み笑いをしているのではないか、と上里少尉が疑うような表情を浮かべている。
「鬼瓦」と海軍士官内では陰で言われているとは、とても思えないような表情だった。
「厳密に言えば、この世界に手形は無いがな。更に言えば、他にも仕事をしてもらう。シャム王国上層部と我が皇軍上層部との連携の路を探ってもらい、連携を成功させることで、東南アジアにおける大日本帝国の武威を輝かし、その勢力圏確立の道筋を作りたい」
どこまで本気で言っているのか、そんなことまで小沢中将は言い、上里少尉は無言で肯くしかなかった。
実際問題として、後々のこと、日本、大日本帝国を正しい姿にした後、世界に大日本帝国の勢力を扶植することを考えると、アフリカ、オーストラリア方面に大日本帝国が勢力を伸ばすには、東南アジアをまずは勢力圏に置くことは必要不可欠と言える。
そして、そのための準備を予め整えておくのは半ば当然のことだった。
その準備のために、上里少尉程の人材は、今の皇軍内部にはいなかった。
何しろ、上里少尉は、現在、マニラの有力者、張敬修の娘婿(?)であり、琉球王国の三司官である真徳とも直接の面識がある身なのだから。
だから、皇軍上層部が、上里少尉を使い潰そう、と思うのは半ば当然のことだった。
そして、シャム王国に上里少尉が向かうとして、張娃を連れて行けるのか、というと。
上里少尉はどうにも躊躇わざるを得なかった。
周囲の諸国とシャム王国はゴタゴタを起こしており、更に自分にも未知の土地と言ってよい。
とはいえ、自分の身内、家族はこの世界にいないと言ってもよいし、張敬修は自分と共にシャム王国に向かうことになっている。
(これは、米を大量に買い付ける関係上、どうにもならない話だった)
そして、張敬修の後妻、張娃の継母と張娃は犬猿の仲だ。
こうしたことから、逆転の発想を上里少尉はした。
「済まないな。人質として首里に君を置いていく」
「妻として夫の役に立てて嬉しいです。御帰りをお待ちします」
張娃は上里少尉にそう言った。
その陰で。
「張娃をワシに預けるだと」
「ええ、人質として。未来の琉球生まれの人間として、祖国を私は裏切った訳ですから」
「芝居がかったことを言いおって」
真徳と上里少尉は、密談を交わしていた。
「どこまで知っている」
「私は何も知りません。証拠は消されたのでしょう」
証拠、真徳の息子は。
だが、その言葉を聞いた真徳の眼の奥に後悔の色が現れ、真徳は上里少尉から目をそらした。
暫くの沈黙の後、真徳は重い口を開いた。
「あれはどうにもならなかった。だが、今でも悔やんでおる。そして、張娃に咎は無い。張娃は人質だが、それなりの処遇、琉球王国の賓客としての待遇をすることを、わしの名で約しよう」
「それだけで十分すぎます」
上里少尉は、そういった。
わしの名で、という言葉に、その裏に自分の身内だから、という真徳の意図を、上里少尉は察したのだ。
決して名乗れぬ義理の祖父と孫は、その後は無言で礼を交わした。
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