第15章ー16
この頃、ベジブロス(野菜出汁)があったか、私の調査では今一つ、不明でしたが、皇軍の来訪もあるし、精進料理がある以上、現実のベジブロスと多少相違しても、似たようなものがあってもおかしくない、と判断しました。
ともかく、そんな想い、考えを巡らせながら、上里勝利は、公会議に参加している聖職者の何人かに対して、自分の作った料理、醤油を使い、更に旨味を少しでも増すために、母や姉から教わったベジブロス(野菜出汁)を駆使した料理、野菜の炊き合わせを、提供してみた。
心から美味いといってくれる人が3に対して、そこまで美味さが心に響かない人が7といった感じで、かなりの苦戦を、勝利は強いられたが。
思わぬ人が、勝利の料理の美味さに感じ入ってくれた。
「うむ。単なる塩味だけではないな。これは、醤油という調味料で旨味が増しているのか」
「醤油だけではなく、野菜出汁の力もあります」
「本当に薄味で、それこそ秋が深まる中で、さっと積もった初雪が、僅かな日差しで溶けていくような薄味だ。だが、それがまた何とも言えない、野菜それぞれの隠れた美味さを感じさせてくれる気がする」
「主教様は、本当に味がお分かりなのですね。また、詠うような言葉を使われますね」
「信徒に対して、説教をするのに、詠うような言葉は効果的だからな」
セルビア総主教の代理として、この東方正教会の聖職者が集った公会議の場に参加しているマカリエ主教は、勝利の料理を気に入ってくれた。
更には。
「そうだ。兄にも味合わせてみよう」
「兄上ですか」
マカリエ主教の言葉に、勝利は最初は興味を覚えなかったが。
「兄は、デヴシルメで、イスラム教に改宗し、オスマン帝国に仕えるようになった。今では、オスマン帝国の高官に出世しているのだ。きっと、君にとって役に立つだろう」
「お名前をうかがってよろしいですか」
「ソコルル・メフメトだ」
「えっ」
マカリエ主教の言葉に、勝利は絶句した。
ソコルル・メフメト。
1556年現在、オスマン帝国で第3位に位置する宰相である。
しかも、年齢等から、現在は事実上の皇太子になっているセリム皇子が即位した暁には、大宰相になるのでは、という噂が水面下で出ている大物政治家でもあった。
ちなみに、宇喜多直家の供をして、勝利はソコルル・メフメトに会ったことはある。
だが、あくまでも供であり、更に言えば、東方正教会の聖職者が集った公会議開催に、オスマン帝国が協力するというより、黙認してもらうための依頼のために、直家と勝利は赴いていただけだった。
更に詳しく裏を述べて行けば。
実際問題として、現在のスルタンであるスレイマン1世には、セリム皇子以外に、バヤズィト皇子も健在でおり、更にロクサラーナ皇后は。バヤズィト皇子に肩入れしているらしい。
だから、確実にセリム皇子が、次のスルタンになるとは限らないのだが。
宇喜多直家以下の、日本大使館の諜報に長けた面々が調べる限り、セリム皇子の方がスルタンに即位する可能性が高い、という観測が日本大使館内では強く、それを勝利も知っていた。
だから、ソコルル・メフメトと自分に個人的なつながりができるかもしれない、ということに勝利は驚かざるを得なかったのだ。
「何を驚く必要がある。醤油は日本産なのだろう。幾らハラール認証があるとはいえ、安定して醤油の輸入ができるようにならないと、この味を引き続き楽しめないではないか。醤油の輸入について、兄に協力を求めて、悪いことはあるまい」
どこまで、本気でそう想っているのか。
マカリエ主教は微笑みながら、勝利にそう言った。
「ありがとうございます」
勝利は、思わず頭を深々と下げながら言った。
まさか、そんなつながりがマカリエ主教とソコルル・メフメトの間にあるとは、知らなかったが。
望外のつながりで、有難いことこの上ない。
この際、できる限り、皆のために尽力せねば。
勝利は、ソコルル・メフメトに料理を振舞うことを決めた。
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