第2章ー14
「琉球王国の自治だと」
真徳は、上里松一少尉の裏の意図まで、その言葉だけで悟ったようだった。
「ふざけるな。琉球王国を独立国で亡くするつもりか」
真徳は上里少尉に罵声を浴びせ、上里少尉は真徳の威厳もあり、無言でただ身をすくめるしかなかった。
実際、上里少尉の真意はそこにあった。
琉球王国の独立維持は、どうにも無理だろう。
それならば、日本の一部となって、琉球が独立国で亡くなり、自治を維持するしかない。
いや、今やそれが琉球王国にとって、現実的かつ最良の路だ、と自分は考えるのだ。
多分、皇軍上層部からも、琉球王国からも攻撃される隘路ではあるが、それが自分の本来の故郷、琉球王国にとって最善ではないだろうか。
この様子を見て、張敬修が上里少尉に助け舟を出した。
「真徳殿の御怒りはごもっとも。ですが、現実を申し上げたい」
「現実だと」
「マニラで何があったのかをです。マニラは、彼らの前に無条件降伏を余儀なくされました」
「何だと」
張敬修は、真徳に対し、マニラで皇軍が何をしたか等を訥々と話した。
彼らの軍艦が搭載している大砲は、途轍もない威力を持っていたこと。
彼らは、その大砲を示威行為だけに止めたこと。
だが、それだけで自分を含むマニラの街の上層部は投降を決断せざるを得なかったこと。
そして、今、那覇港沖合にいる彼らの軍艦は、そのほんの一部に過ぎないこと。
すぐには無理だが、彼らの軍艦が全て駆けつけてからの降伏では、更に条件が悪くなるであろうこと。
張敬修は、真徳にしてみれば従前からの知人ということもあり、話を聞こうという態度になったようだ。
そして、話を聞く内に、真徳も理解したくない現実を見る気になったようだ。
真徳が徐々に表情を変えたことから、そう想った上里少尉は、敢えて口を挟んだ。
「尚清王陛下を始めとする琉球王国の民を護るのが、三司官の最大の務めと思いますがいかがか。
話し合いを拒んだ末に、首里城が燃え落ち、尚清王陛下に虜囚の辱めを受けさせるべきではないのでは。
今なら戦いが始まる前なのです」
「小僧が何を言う」
真徳は、上里少尉を一瞥しながら言いはしたが、張敬修や自分の言葉に真実がある、と悟ったような表情を浮かべて、無言で考え込みだした。
どれくらいの時間が経っただろうか。
真徳は考えに一区切りをつけたようで、上里少尉に尋ねた。
「食料提供と言ったが、どれだけ欲しいのだ」
「少なくとも10万人が2月食べる程度の量をマニラに運んでいただきたい」
上里少尉は即答した。
これは基本的に上里少尉の取りあえずの皮算用に過ぎないが、そう間違ってはいない筈だった。
那覇港沖合にいる高木少将らも、そう言っている。
現在の食糧備蓄、ルソン島で提供、確保された食糧、更に日本本土に皇軍主力が赴くことでも、マニラの食糧事情は当面は何とかなる筈だ。
その答えを聞いて、真徳は鼻を鳴らすような表情を浮かべながら言った。
「そもそも、そんなにすぐに我が国はそれだけの食料を提供できんぞ」
「シャムとかで食料を買い付け、運んで貰えませんか。その代金は、後で何とかしますので」
上里少尉は、とことん独断専行することにした。
琉球王国側から皇軍に食料を提供するといい出したことに、自分がすれば、皇軍上層部も恩を感じて琉球王国の当面の自治を認めてもいい、という気になるだろう。
どうせこの場には、自分と張敬修父子、更に真徳(厳密に言えば護衛等がいるが)という身内しかいないと言ってもいい場だ。
後で取り繕えばいいだろう。
「分かった。国王陛下にそういった話があった、と取りあえずは伝えよう。そして、それを受け入れるように自分は勧めよう」
真徳は、上里少尉の言葉を受け入れた。
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