プロローグ-1(第3部)
第3部の冒頭になります。
前話の後書きにも書きましたが、1556年初頭が舞台になります。
プロローグは5話で、本作の主人公一家と言える上里家の家族の主な現況です。
平手久秀は、ある女人からの依頼を受けて困っていた。
「何れは息子も差し出せというのか」
別に拒否しても良いのだが、拒否した後が問題だ。
何しろ差し出せ、と言って来た相手が相手だ。
「うん。わしも命が惜しい。名馬なら武士の一分から差し出さないが、息子なら素直に差し出そう」
久秀は決断した。
さて、その相手だが。
「よくぞ、連れて来てくれました。友人として仲良く育ってほしいものです。早いうちから、私達の子には、一人でも多くの友人、知人を作らないと」
「ははっ、愚息でして、友人が務まればよいが、と心配しております」
「そう固くならずともよいのに。そなたの父の政秀殿は息災ですか」
「はい。禅僧となって、俗世を離れましたが、息災です」
「真宗に帰依して、僧侶になられても良かったのに、とも思いますが。そこは人それぞれですからね」
「父には父の考えがあったのでしょう」
目の前にいるのは自分より年下の女人だが、色々と伝わる話が、久秀に緊張を強いていた。
ちなみに俗世における父の最後の仕事といえるのが、目の前の女人と元の主との結婚である。
父は、本当に血を吐くような想いをして、この結婚をまとめ上げ、結婚式を見届けた足で、出家したといっても間違いではない。
ちなみに、父に陰で言わせれば、
「はっきり言って、元の主に仕え続ける方が遥かにマシ。わしには、あの女人が怖くて仕えられぬ」
とのことだった。
実際、久秀の目で見ても、目の前の女人の本性が、どうにも見極められなかった。
父は考えすぎるところがあって、それもあって必要以上に怖れたのかもしれないが、自分の目で見てもどうにも悩んでしまうのだ。
自分の把握している情報によれば。
そもそも日本生まれではないどころか、実の両親はシャム人らしい。
実父が日本人の養父に殺され、実母が養父の側室になったことから、自らは養女となって、日本人になったとのことだ。
そして、実母は真宗に帰依して、本願寺に入り尼僧になったのだが。
それ以前に、実母は武田家と縁を結んでおり、更にそれを介して、徐々に尼僧としても地位を上げ、今では、陰では本願寺顕如の義母とも目される立場にまでなっているとか。
そうしたことから、目の前の女人の実母を、本願寺の女狐と陰で言う者までいる始末だ。
目の前の女人の人生も、それに翻弄され、清華家である三条家の猶子となり、更には源氏長者である久我晴通の婚約者になった。
そして、オスマン帝国への使者の一員として同行し、アガバ港までは往復したとか。
更に、久我晴通との婚約を女人が辞退したところに、自分の元の主が求婚し、それに目の前の女人は応じて結婚したところ、3年程で2人も出産して、更に身籠っている次第だ。
元の主自体が、
「あれ程、多産の女とは思わなかった。お陰で生活が苦しくなりそうだ」
とどこまで本音で、どこまで冗談なのか、陰ではぼやいているらしい。
そして、才女として知られる女性でもある。
母語であるシャム語に加え、日本語、中国語(東南アジアの華僑が使う主に交易用の言語)、アラビア語の4か国語で日常会話をこなせるうえに、ラテン語やトルコ語も学んでいるらしい。
また、真宗門徒ながら、イスラム教にも通じている。
そのために、今度来るオスマン帝国の使節接待を陰で仕切るのでは、という噂まである。
更に養父母のことを想えば。
目の前の女人が、一見すると平凡な容姿であるために、却って畏怖されるのやも。
久秀は、そこまで想っていると。
「久秀殿、食事を食べて帰られよ」
「ははっ」
目の前の女人、三条美子は微笑んで、久秀に言い、久秀は答えながら想った。
外米の食事か。
不味くなくはなっているが、自分としては気が滅入るな。
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